ギャラリー日記

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12月7日 北武記念絵画館

札幌にある北武記念絵画館が長年私どもで発表を続ける河原朝生の大作を中心に27点の作品を収蔵することになった。
この絵画館はIT、医療、福祉、食品、土木、文化、管理など7つの事業を展開する北武グループの小西政秀会長が収集した具象洋画と 浮世絵を始めとした木版画のコレクションが中核をなしていて、現在は財団として地域の文化啓蒙に貢献をしている。
美術市場が若手や海外の評価に流れる中、日本においての長いキャリアの中で地道に制作をしている作家にスポットライトを当てていただいたことはとても嬉しいことである。
2年前にも香港の美術館が河原の個展の作品の多くをコレクションしていただいたことがあり、他にも寺田コレクションとしてオペラシティギャラリーにも多くの河原作品が入っていて、 内外で河原の作品を見る機会が増えたことは何よりのことである。



12月6日 職場訪問

ロータリークラブの職場訪問で前回のNTT東日本の通信システムの見学に続いて、今回はJRの東京総合司令室を見学することになった。
首都圏を中心とした24線区約 1300km、一日の運転本数8000本、利用客数1400万人の運行管理をここで行っている。
ここは関係者以外は全く立ち入ることのできないところだが、クラブ会員の案内もあって、NTTの時もそうだったが特別の許可いただいて見学を許された。
司令室は輸送指令、運用司令、営業運輸司令、設備関係司令の4つのセクションに分かれており、24時間体制で150名(総数500名)が同じフロアで運行管理を行っている。
中に入ると、それぞれのセクションでモニターを見ながら、入り組んだ細かいグラフを書いている。
大きなモニターには全路線の車両が動く画面が出てきて、こまねずみのように車両が動くさまが映し出される。
ここの管理システムが車両、駅、乗務員、保安職員と連携し、首都圏の安全、安定輸送を守っている。

ここの見学を終え、次に向かったのは東京駅。
駅長室の案内され、立派な室内の壁には歴代の駅長の写真とともに、初代総裁の後藤新平の書や横山大観から寄贈された富士山の大作が飾られている。
続いて松竹梅と三室ある貴賓室に案内された。
梅の間には東山魁夷の雪景色や安井曾太郎の丸の内風景、有島生馬の絵画などが飾られていた。 天皇皇后陛下が休まれる松の間には玉座が置かれ、その正面の壁にも横山大観が陛下のためにと寄贈した桜と富士の名品が飾られている。
皇居から一直線で行幸通りを通ってこの部屋で休まれ、下に続くホームに向かうとのこと。

今日一日滅多に見ることのない場所に案内され、貴重な経験をさせてもらった。

12月5日 山本麻友香展

12月19日から韓国釜山のギャラリーWOOの画廊移転記念の展覧会「山本麻友香展」が始まる。
出品作品の一部を紹介させていただく。
多くの購入希望の問い合わせが私どもにきているが、作品購入についてはギャラリーWOOに直接問い合わせていただきたい。
ギャラリーWOOは南仏の海岸を彷彿とさせる釜山海雲台のビーチを目の前にしたホテルの中にあったが、そのホテルが閉めることになり、 新たに移転し、釜山の山の上にあるゴルフ場を併設するリゾートの中に画廊を開くことになった。
オープニングに招待されているが、今回はスケジュールが重なり行くことができないが、山本夫妻は行くことになっている。

ギャラリー椿でも来年5月に「山本麻友香新作展」を予定している。
ご期待をいただきたい。




12月3日 早いもので

早いものでもう12月、もうちょっとでお正月なのだ。
12月と云うと先生も走り出すわけで、私のところも何かと気ぜわしい。

伊津野展が終わると、綿引明浩展が始まる。
いつものようにクリスマスの時期にふさわしいカラフルでウキウキするような作品が並ぶ。
楽しみにしていただきたい。

海外もこの一年忙しく、スタッフも休む間もない日が続いた。
そんな中で、12月1日の台湾のオークションに中村萌のオリジナル作品4点と新作を除くフィギュアの作品が一まとめで出品され、その落札結果が届いた。
全て売価の10倍、20倍の価格で落札され、一番高いのは手数料を入れると1000万円を超える価格で驚くより怖くなってきた。

また、フェースブックでは投稿グループ(KAWS,草間弥生、奈良美智、村上隆、中村萌、バンクシー)というのまで出来ていて、 大御所の中に彼女が入っているのが何ともこそばゆい感じがしてならない。

人気が出るのは大変ありがたいことだが、市場が過熱しすぎて、この先どうなるのか心配である。

私も作家もこうした状況に惑わされず、足元を見つめながらじっくり進むことが大切で、手綱を締めて次のステップに向かわなくては行けない。

11月30日 クラス会

今日は大学のクラス会。

10数人の元気な連中が集まった。
とはいえ、何人かは病魔を乗り越えたりで、今回来れない中には亡くなったのも多いが、闘病中のクラスメートも何人かいる。
先日も高校のヨット部の同期がなくったり、ゴルフで親しくしていた友人も亡くなったとの知らせを受けた。

この年になれば、そういうことがあっても不思議ではないが、私のように大した病気もせずにここまで来たことは何よりでクラスメートの中にも同じように 病気一つしたことのないのもいる。

ただ大病をした友人が言うには、60代までに病気しても体力があり、手術に耐えられたり、回復する力もあるが、70になって大病すると、 体力がなくなることもあって、死に至ることが多いと怖いことをいう。

ここまで元気でいられたので、それほど生きることに未練はないが、画廊のことや扱う作家さん達、 そして家族や友人のことを思うとやはり元気でいなくてはいけないと思う。

来年のクラス会も全員健康で元気な顔が揃うことを願うばかりである。

11月26日 木下雅雄

新たに私どもで扱わせていただく木下雅雄を紹介させていただく。

木下は東京造形大学で彫刻を専攻し、村上隆が主宰する「GEISAI」に出品しグランプリを受賞する。
このときの審査員の一人であったおもちゃ美術館館長で北原コレクションで知られる北原照久氏の目に止まり、そのコレクションに木下作品が加わることとなった。
当時は人体の筋肉を造形的に表現した人体像を制作していて、木下作品とは知らずに画廊の近くにあるエドグランでその作品を見たことがあり、 インパクトの強い作品に目を奪われたものである。
このエドグランでは常時北原コレクションが展示されていて、その時に偶々見たのが木下作品であった。

次に彼の作品を見たのは文化村ギャラリーで開催された驚異!「セラミック・スカルプチャー〜奇々怪々な異形たち」であった。
ここには私どもで発表をする木村繁之、塩澤宏信が参加していて、その中にそれこそ異形の作品が目に止まった。
中世の騎士かSFに出てくる戦士のようないでたちで、頭は猫やうさぎのような頭をした奇妙な作品なのだが、他の作品を圧倒するような存在感があり、 担当のY氏にこの作品に惹かれた旨を伝えた。

そこから木下本人に話が伝わったのだろう。
画廊に資料を持って訪ねてきたのである。

資料を見て驚いた。
北原コレクションで見た筋肉人体像があるではないか。
聞いてみると、以前はそうした作風だったが今は文化村で見たような作風になっているとのこと。
私も今の作品のほうに惹かれる。

ということで縁ができ、木下作品を扱わせていただくことになった。
作品のいくつかを紹介させていただく。




11月21日 伊津野雄二展

明日から伊津野展が始まる。

伊津野の特徴である端正で気高い木彫とテラコッタの立体作品が並ぶ。

今回は木彫に新たな色彩表現が加わり、木彫の柔らかさと金属とも思える硬質な表現がされていて、新たな一面を見せてくれている。

そうした新しい面を見せながら、静謐で清楚な女性像は相変わらず見るものを引き込む魅力がある。

明後日からの連休が間に入るが、12月7日まで開催をしているので是非のご高覧をお願いする。




11月18日 TAMAVIVANT

多摩美術大学八王子キャンパス内のアートテークギャラリーにて、私どもで発表を続ける井澤由花子が参加していることもあり、見に行ってきた。

この展覧会は多摩美術大学美術学部芸術学科構想計画設計ゼミのカリキュラムの一環として、学生中心となって企画構成運営する現代美術・芸術のアニュアル展である。 多くの作品と出会い、出会った作品群の中より「現在」を感じる作家を選び、作品の選択を作家と共にしてきた展覧である。

広大なギャラリーで見る井澤作品は、私どものギャラリーで見る以上にインパクトがあり、水彩とは思えない色彩の輝きを見せていた。

水彩画という表現が油絵に負けない多様性があることを学生たちに知ってもらいたい。



11月15日 競馬観戦

明日は府中競馬場で競馬観戦。

ロータリークラブの親睦行事で仲間たちと競馬を観戦することになった。
以前にも何度かロータリーで行ったことがあり、一度は100円券で6万円の配当がついたこともあったが、今回も一攫千金を夢見て、ちびちびと馬券を買うことにする。
特別来賓室からの観戦になるが、ここではドレスコードなるものがあって。ネクタイスーツ着用となっていて、ジャンパーに赤鉛筆を耳に挟んでというわけにはいかなさそうだ。

結果は乞うご期待。


11月15日 高崎市美術館

高崎市美術館に行ってきた。

私どもで発表を重ねる木村繁之をはじめ木に関わる木版、木彫の作家4人による展覧会「詩をかたどる、詩を刻む」が開催されていて、詩情溢れる作品が並んでいる。
木村の作品は2室に分かれていて一室で木版作品、もう一室でテラコッタ、木彫の作品が展示されている。
改めてこれだけの作品が並ぶと、儚げで消え入るような作品が輝きを見せて、木村の力量を窺い知ることができる。
画廊で見るのとは違い圧巻である。
2室に続く廊下には数多くの装丁本が並び、これも長年の木村の業績の一つである。
タイトル通りの詩をかたどり、詩を刻む世界がそこには広がっていた。
心に残る展示であった。

山中現も木版画にとどまらず、木のオブジェ、ガラス絵、油彩と多様な世界を見せてくれる。
彼も私のところで2回ほど個展をしているので、私にとっては身近な作家の一人である。

深井隆の作品は美術館に併設する井上邸の庭と邸宅の部屋の中に展示されている。
古い和風の木造の家に深井の木彫が妙にマッチしていて、興味深く見せてもらった。

丸尾もうちで一回個展をしたことがあり、その時に見た甘い作品とは違う大作の力強い作品に私は惹かれた。

地味な展覧会だが、一見の価値ある展覧会であった。







11月12日 事業承継

9日の朝刊一面に事業承継の個人保証を免除と大きな見出しで出ていた。
偶々先週金曜日に開催された全国美術商連合会の理事会においても美術業者の事業継承について木村監事から事業承継税制の概要の説明がなされたところなので、 改めて事業承継について詳しく調べてみることにした。

私も73歳を過ぎて後期高齢者の仲間入りも間近となり、画廊をどのように継承していくか頭を悩ませているところであった。
今のところ借金もなく、画廊を清算してしまえば簡単なのだが、多くの作家とスタッフを抱える身としてはそうもいかない。
子供達はそれぞれ私よりは恵まれた仕事についていて、画廊を継いでくれる気配は全くない。
となるといずれはスタッフもしくは第三者に画廊を継承してもらうことになる。

そのためには新たな経営者が自社株を贈与や相続によって取得することになり、税金の問題が発生すると思っていたのだが、 平成30年度税制改正において、中小企業や私のところのような零細の会社の事業承継を一層後押しするために大きな改正がなされたのである。

2027年までの特例措置として、2024年3月31日年までに都道府県庁に「特例承継計画」を提出、2027年12月31日までに自社株を取得した場合にかかる相続税、 贈与税を100%納税猶予する「法人版事業承継税制」が創設された。
個人事業でも同様に2028年までに事業資産を取得したときに免税の適用を受けることができる。

更に新聞に出ていたように、事業を引き継いだ経営者が条件付きで借金の返済義務を負わないようにする制度が導入された。
今までは金融機関が引き継いだ経営者に借金の個人保証を強いることが多かったが、改正により信用保証協会が債務を保証することになった。

相続税、贈与税を免除、借金の個人保証をなくすことで、経営継続の推進が図れることになった。
私も偶々、別の企業の経営の継承にも関わっているだけに、こうした制度ができたことは何よりのことである。

11月11日 TAMA VIVANT 2019

先に紹介した井澤由花子がTAMA VIVANT 2019 「ART ・漂う場所として」に出品者の一人として選ばれ、展示されることになった。

この展覧会は多摩美術大学芸術学部芸術学科構想画設計ゼミのカリキュラムの一環として、学生が中心となって企画構成運営する現代美術・芸術のアニュアル展である。

まずは展示風景を紹介させていただく。


11月10日 紋谷氏の展覧会印象記

夏目麻麦個展

展覧会タイトルは、「ーscape」。
※花茎(かけい):植物において花のみをつける茎のこと。

座る女性らしき像が描かれています。
写真のようにうわべを写し撮っているのではありません。
座る女性をどう描くかというより、
座る女性の「何」を描き出すのかが
画家のテーマのようです。

それは何なのか。
見る側には何が見えてくるのか。
あるいは、画面に生じた何に気付くのか。

女性に見えるものは
絵具が塗られた平面であるという境界線まで
引き離そうとしているようです。
そこで初めて、他の何かの比喩ではない、
感情的な状況そのものが、見ているものになる。
そんな印象でした。


11月9日 紋谷氏の展覧会印象記

河内良介個展

展覧会タイトルは、ー静寂の異空間ー。

極めて緻密に描かれた鉛筆画。
ヒトが持ち得たこの能力に感嘆させられます。

描かれたのはヒトや動物のいる不思議な場面です。
特定されない、とにかく広い場所に、
レトロな雰囲気の、
乗り物や機械、時計、家具などが置かれ、
その小さな場がこの画面にとっての全世界です。

見る側にとっては意味不明の風景ですが、
これが毎日繰り返されている当たり前の出来事だと、
妙に納得させられます。

見る側の日常とシンクロするような、
そのかすかな親和性は、
絵に何が描かれているのかを読み取る責任から、
鑑賞者を開放し
その場面にすっと入り込むことができる。
v そんな印象でした。


11月5日 井澤由花子の大作

資生堂本店がリニューアルオープンして4階のレストランにわたしどもで発表を続ける井澤由花子の大作が飾られお披露目された。
レセプションには私どもの他、井澤作品をコレクションされているK氏や井澤を支援しているパトロンプロジェクトの代表菊池麻衣子氏などが招待された。
わたしが所用があって行けず、スタッフが代わりに行ってくれたが、レストランの空間に初めて描いたパノラマサイズの作品がレストランの優雅な雰囲気を より高めているとのことであった。
化粧室にも多くの井澤のお洒落な昭和モダンを模した作品が展示されている。

《銀座本店・WORD を彩るアート作品について》
人間と自然との関係性に改めてまなざしを向けることは、気候変動 による地球の未来が危ぶまれるなか、グローバルに強い関心が高ま っている昨今。特にアートの表現においても、 人間と自然との関わ りや自然に対する人間の感性を表明する作品が多く見受けられる ようになっています。 リニューアルに伴い、そこに着目し資生堂の 社名の由来である「万物資生」という考えと親和性のある“人間と自然との共生” を表現したアート作品で室内空間をプロデュースしました。「自然への敬意」や「自然への共感」、 「自然からのイン スピレーション」といった自然とともにある人間の感性を表現する スペースとして展開。セレクションしたアート作品は、 資生堂ギャラリーの活動とも所縁のあるアーティストやこれまでの資生堂の アートコレクションからキュレーションしています。




11月3日 ラグビーワールドカップ決勝戦

ラグビーワールドカップ決勝戦南アフリカ対イングランド戦観に行ってきた。
南アフリカ勝った。
勝ち負けはともかく、7万人を超える観衆が一体となって両チームを応援。
おそらく死ぬまでに二度と見られない試合を瞼に焼き付けてきた。
日本中がラグビーに酔い沸きに沸いた。
感動ありがとう。


11月2日 ロンドン・ローマ

ロンドン.ローマに画廊を構えるDorothy Circus Galleryから中村萌、山本麻友香の個展の誘いのメールが届いた。
日本人作家では高松和樹など萌系といった作家を扱う画廊で、来春に中村萌を交えたグループ展が企画されている。

ロンドン、アムステルダムなどで山本麻友香の個展は以前に開かれたが、その画廊とはうまく噛み合わず、 アムステルダムの画廊などは詐欺師といっていい仕打ちを受けて、弁護士を通して交渉をしているが一向に拉致があかない。

そんなこともあって、よく考えてお付き合いをしなくてはいけないが、高松和樹を扱う日本の画廊の話では誠実に対応してくれる画廊のようである。

もっとも、個展は2023年11月ということらしく、その間にお互いに信頼関係を築いた上で、話をを進めていきたいと思っている。

アジアでは二人とも実績を積み、私も長きにわたるアジアでの経験から、今の二人の人気に繋がっているので、欧米でもその経験を活かして、 更なる活躍の場を広げてあげたいと思っている。

11月1日 夏目麻麦

早いものでもう11月、ということは今年もあと2ヶ月ということで、いつも言っているが、年寄りには1年は早いが1日は長い。

ただいま展示中。
夏目麻麦個展が明日より始まる。

今回は大作はなく、50号以下16点の展示となる。
若干以前の作風に戻ったようで、重厚で滲み入るような深いマティエールの美しさがより際立つ。
じっくりと作品と対峙すると、曖昧だった輪郭がくっきりと浮かび上がり、その存在を確かなものにさせてくれる。
油絵具が持つ特性を遺憾なく発揮する夏目の作品を是非ご覧いただきたい。




10月27日 ラグビーW杯

昨日はラグビーワールドカップの準決勝南アフリカとウェールズの試合を観に横浜スタジアムに行ってきました。
8万人近くを収容できる巨大なスタジアムがぎっしりと人で埋まり、混むといけないので早めに会場入りしましたが、すでに大盛り上がり。

ついこの前までのラグビーの試合の閑散とした風景は何だったのかとあまりの違いに驚いた。

試合前からみんなで一緒に歌ったり、スクリーンに映る画面上の太鼓に合わせて聴衆が太鼓を叩くといった趣向もあり、 会場全体が一体となってラグビーを楽しもうという雰囲気がとても良くて、 野球やサッカーのように試合中に鐘や太鼓で応援するとは違った楽しみ方に私もつい乗せられてしまった。

試合は接戦で、最後の南アフリカが勝利し決勝戦に進むことになったが、両軍に送る拍手に選手も観衆もノーサイドという 敵も味方も試合が終わればその健闘を称え合うというラグビー精神が行き渡り、胸が熱くなった。

土曜日の決勝戦も息子と観に行く予定だが、息子はすでに予選を含めて6試合観に行っていて、 日本ではおそらく一生に一度しかないであろうラグビーワールドカップを堪能している。



10月22日 海外展

今朝はまた台風の影響で強い雨。
先日の台風の被災地はまた大変な思いをしているだろう。

そんな中、台北のアートフェアに出かけていたスタッフが戻ってくる。
トイフェアから台北アートフェアまでの2週間台北にいたことになる。

二つのフェアでは大勢のお客様の対応におわれ、夜は夜で毎晩のように遅くまで招待の食事が続き、さぞかし疲れたことだろう。
ゆっくり休んでもらいたい。
と言いつつ来週からは画廊では二つの展覧会が始まり、休んでられないか。

そんなわけでとにかく忙しかったが、ソウルから上海、台北と続いた海外展は大きな反響を呼び、 フェアの売り上げでも大きな成果を上げることが出来、私には快い疲れとなった。

これで海外は一段落と思ったが、12月に釜山での山本麻友香の個展、来年2月に台北で中村萌の個展、3月にはロンドンで中村萌が参加するグループ展、 4月からは上海、南京、成都、青島と廻る私どもの作家30人による大規模な展覧会と海外の企画が目白押しで、それに加えて画廊での個展が続き、 準備を含めゆっくりする暇がなく、スタッフにとっては何とブラックなところに勤めているのだろと思っているかもしれない。

そんなこともあり、画廊は正月休みを12月29日から1月8日までとし、その間ゆっくり休んでもらおうと思っている。

お疲れ様でした。

10月22日 即位の礼

即位の礼をテレビで観せてもらった。
2000年の長きにわたる歴史と伝統には感銘を覚えた。
途絶えることなく脈々と続く日本文化の素晴らしさを世界に知らしめたのではないだろうか。
何と華やかで、何と美しいことだろう。
煌びやかな衣装、凛とした立ち居振る舞い、悠揚と流れる雅楽の響き、まさに雅の世界で、日本人として誇らしく思うひと時であり、 私が生きている間には二度と観られないであろうとしっかりと瞼に焼き付けることができた。

皇室に対する批判もあって出席しない政党もあったようで、この政党はラグビーW杯での国歌斉唱も否定しているようだが、即位の礼を観てどのような想いに至っただろう。
この心打つ儀式に心が動かされないのだろうか。
日本人の誇りさえ捨ててしまったのだろうか。
こんな事ばかりしていて、国民の信頼を得られるのだろうか。

190ヶ国を超える国々の代表が参列し、同じ思想を持つ中国でさえ王国家副主席を派遣し、各国元首が出席するのは156ヶ国、 ロシアからも連邦副議長が参列する中で、参列をしないことに後ろめたさはないのだろうか。

この素晴らしい儀式にわずかな汚れができたことが残念でならない。


10月21日 ラグビー

ラグビー日本代表の活躍に感動した。

南ア戦には負けたが、それでも前半は2点差で大健闘。
ここまでやるとは正直思っても見なかった。
よくぞここまでと選手、指導者、ラグビー関係者、サポーターに心から敬意を表したい。
満員の会場、高視聴率、メディアもラグビー一色で日本中がラグビーに酔いしれた。
サッカーや野球に押されマイナーなスポーツとなっていたラグビーも、これで多くのファンを集めるスポーツになってくれるだろう。
見ていてこれほど力が入り、熱くさせてくれるスポーツはない。
ルールがよくわからないと思っていた人達も今回のワールドカップでラグビー通になった人も多いのでは。
ラグビーっていつもおしくらまんじゅうしているみたいでちっとも面白くないと言った友人がいたが、スクラムでの駆け引きや力のぶつかり合いに、 どうだ面白いだろうと言ってやりたい。

息子が小学校から大学院までラグビー部に入っていて大学選手権に出たり、私が高校の時にクラスメイト達が花園に出たりしていたこともあり、 すっかりラグビー好きになってしまった。
次の準決勝、決勝のチケットを息子が手に入れてくれたので、今度は残った4カ国全部を応援したい。
まだ興奮は続きそうだ。


10月20日 大学卒業50年

台北から帰国早々、大学卒業50年の記念式典が2019連合三田祭にて開催されるということで行ってきた。
待ち合わせた同級生とともに記念式場に行くと,すでに会場はいっぱいの同窓生で埋め尽くされている。
50年経つとクラスの仲間以外は顔を見てもほとんどわからず、人の顔を見て歳をとったことを実感する。
式典は来賓挨拶が続き、塾長がラグビーの日本対南アフリカ戦と時間が重なることを心配したが、幸い夜なので安心したが、 もし重なったら卒業生の母校への忠誠心を試されるところであったと言って会場の笑いを誘った。
その後応援団やチアリダーによる演舞が行われ、懇親会場へ移った。
日吉キャンパスの雰囲気は当時と少しも変わらず、ここで2年まで学んだことを懐かしく思い出した。



10月18日 一般公開

今日からフェアは一般公開で混雑が予想されたが、昨年に比べても少ない気がする。
昨日の私どものブースの混雑を考えると、作品が欲しいVIP の人達は内覧会でいち早く作品をキープしたいのだろう。

私は昼に山本麻友香の作品を展示したいと昨年から依頼をされているホテルで打ち合わせ。
他の作家の展示プランも提案しているが、やはり山本で進めたいとのことであった。
予算も限られているので、今回制作した版画を先ずは展示するプランを取締役会にかけたいとのことで、その作品を使ってロゴマークを作り、 お皿やカップ、コースターと言ったものに使いたいとの希望もあり、作品購入費とは別に著作権料や使用料も含めた見積もりを出すことになった。
最初のプランよりは縮小したが、先ずは一歩前に進むことができた。

有難いことは、ここのホテルにスタッフを含めて滞在中の宿泊を提供してくれたことで、 特に私の部屋はスィートルームで一人ではもったいないくらいの広さで、かえって落ち着かない。

夜はこれまた豪華版で、お客様に三つ星レストランで広東料理をご馳走になった。
このお店は電話でも予約できず、支配人とラインで繋がっている人だけが予約できるというから、滅多なことでは行くことができない。

明日早朝に私は一足早く帰国するが、日本では一汁一菜の貧しい食事が待っている。
この一ヶ月続いた激動の海外出張もひとまず終了。




10月17日 アート台北

昨夜はお客様の招待でこれでもかというほどの料理が出て、先月から続くご馳走に身体がおかしくなりそうだ。
スタッフは10時まで展示に追われ、まだ終わっていないので、明日も8時から準備をしなくてはいけない。

12時からスーパーVIPの内覧会なのだが、その前にどこから入ってきたのか、あっという間にブース内が埋まり、次から次へとお客様の対応に追われ、結局夜9時近くまで、 昼食も取れず、トイレにも行くこともままならないといった具合で、周りを見渡してもうちだけにお客様が集中していて、よその画廊も呆れて見つめていた。

中村萌、山本麻友香の作品は相変わらずの大人気で、一瞬にして完売となり、続いて岩淵も完売、森口、三木にも予約が入り、 あとは次の作品のウェーティング待ちの方達への応対に終始することになった。

終えて、今夜も夕食のご招待。
スタッフを含め身体が持つかどうか心配なくらい忙しい一日となった。

明日は一般公開となるので、今日以上の混雑が予想されるが、頑張るしかない。




10月16日 TTF終了

台北に来ている。
13日にTTFは大盛況のうちに終了した。
続いてアート台北が明日から開催され、今日はその展示日で、私もたいして役に立たないが、アートフェア会場に向かう。

年々盛んになるTTFには80数社が参加し、狭い会場に4日間に4万人を超える来場者があり、すべての人が買う気で来ていることもあり、その混乱ぶりは想像を超えるもので、 私のところも人気の中村萌の作品を求めて外まで行列が出来た。
その熱狂ぶりは怖いくらいで、ありがたいことだが、慌てず騒がずで、そうした人気に惑わされず、足元を見つめながら作家とともに進んでいきたい。


10月15日 ラグビーW杯

台風19号は日本各地に甚大な被害をもたらしたが、幸いなことに心配した画廊の地下倉庫への浸水はなく、今日は運び出した作品の片付けに追われている。
思わぬ三連休となり、家でラグビー、巨人戦などを見て過ごすことに。
13日は先ずは我が巨人軍が阪神に勝ち、日本シリーズ進出を決め、夜のワールド杯ラグビーの日本対スコットランド戦は日本が勝利し、はじめての8強に勝ち進み、 テレビの前にかじりついていた我が家は狂喜乱舞をした。
特に息子が小学校から大学院までラグビーをやっていて、今は大学のラグビー部の監督をしていることもあり、 今回の日本でラグビーW杯が観れるとあって楽しみにしていたが、まさかまさかの4連勝には驚くとともに、観ていてハラハラドキドキで力が入り、運動もしないのに筋肉痛である。
また、息子の大学のラグビー部の後輩である福岡選手が活躍したこともこの上ない喜びであった。
更に巨人軍が日本シリーズで勝利し、ラグビーW杯で決勝まで勝ち上がるようなことになれば、それこそ至上の喜び、欣喜雀躍言うことなしなのだが。

しばらくは仕事が手につかなくなりそうだ。



10月12日 台風

大型の台風が関東を直撃ということで画廊は休廊に。

風速60メートル、一晩で500ミリの記録的な大雨ということで、今まで経験したことない台風のようだ。
スーパーでは水や生鮮食品がなくなり、レジには長い行列ができている。

息子から朝に電話があり、画廊の地下の倉庫は大丈夫かと言ってきた。

大丈夫じゃないかと言ったが、ニュースで銀座が水没するシュミレーション画像が出て心配になり、家内と息子と一緒に車で画廊に向かうことに。

スタッフは交通機関がストップしてこれないので、私たちだけで地下の三つの倉庫にある作品を上の画廊に上げたり、台座や机の上に作品を乗せたりと汗だくで何とか終えることができた。

地下は車庫になっているので、入り口からスロープになっていて、道路に水が溢れたらひとたまりもない。

土砂降りの中を帰ろうとしたら大家さんの息子さん夫妻がやってきて、区役所で土嚢をもらってきたので、車庫のシャッターの前に積んでくれるという。
これで一安心。

もっと早く来てくれたらと思ったが、用心に越したことはない。

後は台風が通り過ぎ、大きな被害が出ないことを祈るばかりである。

10月11日A 小林健二展

小林健二展が明日最終日を迎える。

今回は会期中ソウル、上海と展覧会が続き、スタッフの病気などで私がずっと詰めることになり、小林健二展にはほとんど携わることができなかった。

私どもの2会場を使い、「透質層と透明体」、かたや「XEDIA」と二つの展示がなされた。

「透質層」と透明体では水族館で使うような分厚いアクリルを使ったタイトル通りの透き通るような美しい作品が並ぶ。

「XEDIA」では作家自身のフィクションなのだが、現実にあるかのような錯覚を覚える地層からの出土品と見紛う作品が所狭しと飾られている。

小林健二のエネルギーを絞り出したかのような多数の作品はますます磨きがかかっているように感じた。

明日が最終日なのだが、大型の台風の関東上陸が予想され、交通機関も運航を取りやめるとのことで、やむなく休廊とさせていただく。

その代わりと言ってはなんだが、会期を一週間延ばし19日(土)までの開催とさせていただくので、明日来廊予定の方、まだご覧になっていない方は是非お越しいただきたい。

ただ、私は台北のフェアーがあり、週末まで出てしまうのをお許しいただきたい。

小林健二展の印象記を紋谷幹夫氏が寄せてくれているので紹介をさせていただく。

展覧会タイトルは、ー透質層と透明体ー。
人の心と寄り添うように透明体は空中でワクワクしていて
地中の奥では仮晶鉱がヒソヒソこの世を暮らしている。

ミニマルな形の器や装置、あるいは塊が、
平面に描かれ、ある場、時間が発生しますが、
把握し得るのはそこまでで、
観る側は「さて・・・」といった感じで
画面の前に立つことになります。

色彩は抑えられていますが、
そのてらてらする質感により、
付けられた色というより、
物質そのものになっています。
平面に実態が押し込まれている感じです。
不可解なものを感じながら、
妙な生々しさがあるのはそのためでしょうか。

なまじ形に意味を介在させずに見てみると、
自分の内部の何かと交信する。
そんな印象でした。

展覧会タイトルは、ーXEDIA(キセディア)ー。
作家は作(る専門)家なので、
何かを創り出せばいいので、
それが実体としての作品でも構わないし、
世界観でも構いません。

ここで展示されているのは
作家が(勝手に)創り出した世界(遺跡)
で発掘された出土品です。
製作年代不明、用途不明の人工物は、
二つ一組で
標本ラベルが貼られた標本箱に入っています。

一つ一つ見ていくと、
道具の様であり、装飾品のようでもあり、
明らかに特定の用途を満たす目的でつくられたようで、
でも、全く意味不明で、
その微妙な落としどころの造形センスに感心します。

「神は細部に宿る。」は、
ドイツの美術史家アビ・ヴァールブックの言葉ですが、
世界は細部に宿り、細部は世界を暗示する。
そんな印象でした。

10月11日 手塚治虫

ロータリークラブでは毎週各界の著名な方を招き、30分のミニ講演をしていただいている。
先日は私の紹介で映画監督の手塚眞氏に父親である手塚治虫にまつわる話をしていただいた。

手塚氏は私の高校の後輩であると同時に、 ヴェネチア映画祭や多くの国際映画祭で受賞した手塚監督の映画「白痴」の 美術を担当したのが私どもで長年発表をしている恒松正敏だったということもあり、その後親しくさせていただいている。

手塚治虫は60歳で亡くなるまでに15万枚の原稿、700もの作品、1000を超えるストーリーやキャラクターを生み出し、 子供相手の単純な漫画の時代に人間同士の葛藤や自然との調和といった大きなテーマや、悲劇などの文学性、 そして映画を見るように効果的な絵やコマ割りを駆使して、マンガに革命をもたらした大天才であったかということと、 手塚が残した作品をはじめ漫画やアニメ、映画、小説といったコンテンツビジネスは海外の大きな市場で莫大な利益をもたらすものだが、 アジアでは国が後押しして世界にアピールをしているのと違って、日本ではその後押しがなく、才能が枯渇していく危惧を抱いているといった話をしていただいた。

10月10日 TTF開幕

セッテイングも終わり今日からTTFが始まる。
写真がスタッフから送られてきたが、物凄い数の人が押しかけてきているようだ。
ちょうど2年前のTTFの開場前の写真がFBにアップされていたが、その時も送られてきた写真を見てびっくりしたが、 今年は更に人が多いようで、事故なく無事に終わることを祈るばかりである。

今回でTTFは16回を迎えるそうだが、主催者の黄社長は日本の留学時代にオタク文化に触れ、 帰国後フィギュアのお店をオープンし、その後台湾で初めてのフィギュアによる小さなアートフェア を企画したのが始まりで、それが今やファインアートのフェアを凌ぐ勢いで、香港でも開催されるようになるとこれも台湾同様に大反響を呼んだ。

私との縁は、10年前になるだろうか、台北アートフェアで中村萌を黄社長が買ってくれたのが始まりで、 6年前に中村のフィギュアを作ったらどうかと打診され、それをもってTTFに参加しないかということから今に繋がるのである。

最初にフィギュアを発表した時は25000円だっただろうか、少しは売れるとは思っていたが、まだ半信半疑であまり結果は期待をしないでいた。

ところがである、スタッフから連絡があり、中村萌のフィギュアは大人気で、全て完売し、他に持っていったオリジナル作品も全部売れたとの報告を受けた。

それからである、アジアでの人気に火がつき、多くの著名なコレクターが押し寄せ、今や押しも押されぬアジアのスターとなったのである。

そして来年春にはロンドンでの発表の機会も得て、アジアから更に欧米へ飛躍の年になることは間違いなさそうだ。

ただ心配なのは一時の人気に惑わされ、足元を見失うことで、私も作家も長いスパンで先を見据えてやっていかなくてはいけない。

中村もその辺はよくわかっていて、一歩一歩前に進むことを目指している。
どういう作家に育っていくか今後が楽しみである。



10月8日 台北トイショー

10月10日から13日まで台北トイショーが開催される。
毎年招待参加をしていて、中村萌の新作フィギュアをここで発表することになっている。

このショーは各ブースで人気のフィギュアが見られるとあって、ものすごい数の人が押しかける。
それはアートフェアの比ではなく、私も昨年初めて行ったが、会場内にいると酸欠状態で目眩がしそうになるくらい人で溢れかえっている。

そんわけで私は今回は行かないが、スタッフと中村萌が今日から台北に向けて出発する。

中村萌のフィギュアの人気は個展でもそうであったが、私どものウェーティングリストだけでも200人を超えるファンがいて、 その上にトイショーに訪れる人がどのくらい来るのか想像もつかない。

トイショーではまず優先入場というのがあって、一般入場料より高いのだが、ネットで受け付けたところ、一瞬で売り切れとなった。
その入場券を手にして、私どものブースに来て、まずは先着150名がポストカードを買うとリストバンドが渡され、 その方達のみが当日の割り当ての20体の抽選に参加する権利を得られることになっている。

これを3日に分けて行われる。 今回は160限定となっているので、私どもにも割り当て分があるのだが、 それも少数のみと数が限られているので、ウェーティングリストより私どもの他の作家を多くコレクションしていただいている方、 以前より中村萌をコレクションしている方を選び、その方達約100名で抽選をしてお求めをいただくことにした。
発表は作品受け渡しを持ってかえさせていただくことにした。

苦渋の方法だが、ご理解をいただければ幸いである。

こんな訳で大変ありがたい話なのだが、申し込まれる方の中に転売目的の方も多く、それを見分けることが難しく、 こうした方法を私のところでとらせていただいている。
トイショーでは私のところのようなやり方はできないので、転売ブローカーに渡る可能性もあるが、3年間は転売しない契約書を作り、 そこに署名をしていただき、転売を防ぐことにしているが、さてどうなることやら。

混乱なく終わることを願うばかりである。

10月5日 岩渕華林展オープン

いよいよ岩渕展の開幕。
3時から大勢のお客様が訪れ、画廊の黄社長、私、岩渕の順にお客様に挨拶。
私は若い無名の作家の展覧会を中国でかくも盛大に開催してくれたことへの感謝の気持ちを伝え、岩渕の作品が中国伝来文化の一つである墨を使うこと、 中国の四大発明の一つである印刷機に由来する版画を使っていることに今回の展覧会の意義があるのではと述べ、 こうした機会を得たことで更に日本と中国の文化交流が深まることを期待したいといった話をさせていただいた。

木々の緑や色とりどりの草花に囲まれた画廊のガーデンテラスに立っての挨拶、横ではギターとヴァイオリンによるヒーリングミュージックが流れるといった演出がなされ、 こんな画廊が持てたらどんなにいいだろうかとつくづく羨ましく思った。

画廊の中では、岩渕と清華大学の若きMo教授による作品の解説、夕方からはゲストルームでMo教授のインタビューによる岩渕と私のセミナーが開かれ、 女性像を描く意図、日本と中国社会での女性の立ち位置の違い、日本の萌文化などについての質問を受けた。

セミナーを聞いた何人ものお客様から岩渕作品への感想が述べられ、中でも年配の著名な舞踏家が彼女の作品を見て、従来の中国絵画にはない新しさを目にして、 自分の心が覚醒したと言ってくれたことは岩渕にとっては何よりの賛美であり、私も瞼が熱くなった。

終えて庭ではバーベキューパーティー、最後まで華やかで中身の濃いオープニングには、私も大いに感動し、勉強もさせられた。

夜は今回もお世話になったお役人の沈史、陳女史、この方達との仲立ちと通訳も務めてくださった在日の野口氏、パートナーの山岡氏、 今回の日程の段取りをしてくださった野口氏のお兄様と火鍋を囲んで、来年開催予定の私ども作家30名による展覧会の打ち合わせをし、 それぞれがこうした出会いに感謝の言葉を述べ合い、宴を終えた。

それにしても中国の方の手厚いもてなしはとても私たちには真似ができないことで、皆さんが日本に来た時どうお返ししたらいいか今から頭が痛い。

明日はゆっくりして夕方の帰京の予定である。



10月4日

上海も東京同様に暑い。
幸い台風は免れたが、韓国の釜山では大きな被害が出たようだ。
9月から新たに入ったスタッフが釜山出身なので心配である。

今日も迎えの車が来て個展会場へ。
すでに持ってきた作品も飾られていて、アレンジメントされた花が飾られ、心に響く音楽が流れ、更には画廊内に設置された装置からは水が流れ落ち、その水の音に心が癒される。
これだけ一画廊の会場が演出されるのは見たことも聞いたこともない。

北京からやってきた清華大学の若い女性教授が明日の岩渕とのセミナーに備えて、多くの質問事項を準備していて、その打ち合わせが昼過ぎまで続けられる。
セミナーの他にテープカット、テレビや新聞などメディアとの会見、バンドも来るそうで音楽演奏、夜は画廊の前の庭でバーベキューパーティーと盛りだくさんの1日となりそうだ。

昼食はホテル近くのレストランでスペイン料理。
部屋がベラスケス、ゴヤ、ピカソ、ダリなどスペインゆかりの作家の名前がついた個室となっていて、その作家たちの複製画が飾られて、それぞれが凝った内装となっている。
驚いたのは、我々が招かれたベラスケスの部屋には、ゴルフの打ちっ放しができる部屋までが併設されているではないか。
昨日の礼拝場を利用したレストランもそうだったが、いずれも美味しい料理とゴージャスなインテリアを満喫させてもらった。

更に夕食に招かれたレストランは100年前に香港の鉄鋼王が建てた邸宅で、上海の旧市街にある。
鉄鋼王が好んだという中国全土の料理がメニューに並び、数え切れないくらいの料理が並ぶ。

韓国から続く豪華料理のオンパレードには多少食傷気味で、ぼちぼちお茶漬けが食べたくなってくる。
前回もそうだったが、乾杯一気飲みにも下戸の私にはただただ驚くばかりである。
北京から来た年配の女性は、10数回立ったまま同席の人達と順番に一気飲みを繰り返すのには驚くというよりは怖くなってきた。

明日はいよいよ岩渕展のオープニングだが、ここでもはなやかな宴席が繰り広げられるのだろうか。
全く飲めない身体に感謝しなくてはいけない。



10月3日 上海到着

昼前に上海に到着。
先日中国のお役人を紹介してくださった在日のN氏と若手経営者でN氏のパートナーのY氏が同行してくれることに。
空港にはそのお役人のS氏が前回同様に車を用意して待っていてくれる。
今回も皆さんにおんぶにだっこでお世話になりそうだ。

空港から岩渕華林の個展を開催する画廊に直行。
画廊の入り口には大きな岩渕展の垂れ幕が飾られている。

中に入るとこの画廊の独特の空間であるほぼ真っ暗に照明を落とした黒い壁面に、作品だけにスポットライトがあてられている展示は、岩渕の作品をより美しく浮かび上がらせている。

さらに送った資料から作成されたプロモーションビデオが上映されている。
プロの手によるのだろうが実に見事に岩渕の制作風景とクローズアップされた作品が壁面に映し出される。
入り口では画廊のマダムがフラワーアレンジメントで花をいけていて、素晴らしい空間に花を添える。

展示空間の演出によって、作品が一層引き立てられていて、私も展示の大切さを今更ながら教えられた。
昼も画廊のオーナーにご馳走になったのだが、夜はまたお役人による夕食のご招待。
上海市の西南にある古い礼拝場をそのまま使ったレストランで今が旬の上海蟹をメーンにこれでもかという料理をご馳走になった。
毎度のことだが、韓国から続く皆さんのもてなしには頭が下がる。

明日は岩渕に若手評論家が初日のシンポジウムのために多くの質問を用意していて、朝からその打ち合わせに行かなくてはいけない。

今回は多少のんびりできると思っていたが、どうやらそうも行かないようだ


10月2日 上海

10月に入ったというのに今日も30度。
日曜日に韓国から帰って来たばかりだが、昨日今日の暑い日差しにめまいがしそうだ。

帰って早々だが、明日早朝には上海に向かわなくてはいけない。
言葉もお金の単位も変わることになるので、頭の切り替えが大変である。

上海は4日から始まる岩渕華林の個展のオープニングとそのための追加作品と新作を持って出かけることになる。
前回は通関でのトラブルが嫌で、南京のお役人を紹介してもらい、南京経由で上海に向かったのでスムーズに入国ができたが、今回は時間がかかることもあって、上海に直接行くことにした。

中国ではアーティスト自身が作品を持っていくことは問題がないようだが、アーティスト以外が持っていくと検査に時間がかかり、下手をすると展覧会の会期に間に合わないことがある。

岩渕自身も行くことになっていて、前回お役人を紹介してくれた在日の中国の方も同行してくれるので、たぶん大丈夫だと思うが、それでもヒヤヒヤドキドキである。

韓国もそうだったが、こうした時期に日本人作家を中国で紹介してくれるのは大変ありがたいことで、それに応えるためにもハードなスケジュールの中を社長の私が行かなくてはならない。

いいお客様を持っているようで、展覧会は成功すると思うが、こればかりは蓋を開けて見ないとわからない。

韓国のように期待以上の成果が出るといいのだが。


9月28日 共存共栄

今日がKIAFの最終日だが、一足早く帰国することに。

毎日賑わいを見せたKIAFは前年の1.5倍の入場者数だそうで、今日は日曜だけに更に多くの入場者が期待できる。
私のところの売り上げも前年比で倍増の勢いで、まだペンディングになっている作品もいくつかあり、今日1日で更に売り上げが上がることを期待したい。

正直これほどとは思ってもみなかった。
今まで売れることのなかった作家の作品も繰り返し紹介して来たお陰で大きな成果を得ることができた。

どう分析したらいいのだろうか。
文政権下にあって経済は停滞し、戦後最悪の日韓関係の悪化の中で、このような思ってもみなかった結果が出たことは心底嬉しく思う。

売上が上がったこと以上に嬉しいのは、日本人作家を抵抗なく受け入れてくれたことである。
今までも反日のかけらさえ感じたことはなかったが、今回ほどその思いを強くしたことはない。

毎晩コレクターの方や画廊の方に招待を受けたが、口を揃えて日韓が手を携え未来に向かう必要性を説く。
私も全く同感で過去にこだわっているのでは一歩も前に進まない。
未来に向かい手を携えることこそ更なる東アジアの安定と発展が得られることを何故わからないのだろうか。

私たちは微力でなんの力にもなれないが、せめて文化を通じて両国の親善と発展に尽くしたいと思っている。

帰って3日おき、今度は上海に行かなくてはならない。
中国も香港、台湾、そして日本と大きな軋轢があるようだが、覇権主義から脱却し、共存共栄の関係をなんとか構築してもらえないのだろうか。



9月27日 海外のアートフェア

KIAFも3日目に入ったが今日も賑わいを見せている。
例年に比べて今年の人出は一段と多いように感じる。
事務局の女性も同じことを言っていて、売り上げも上々とのこと。

私がインタビューを受けたニュースでも大きくKIAFの展覧会を取り上げていた。
ただその中でロンドンのフリーズという大きなフェアがソウルに出ようとしていて、KIAFも危機感を持っているという旨の少し心配なニュースが流れた。

昨年台北にバーゼル資本の大きなフェア「ダンダイ」が開催され、大きな反響を呼び、海外の大手ギャラリーがアート台北に参加せずこちらに出たことで、 アート台北を主催する台湾画廊協会がその対応に追われていて、KIAFも台湾同様に韓国画廊協会が主催するだけにその不安は人ごとではないようだ。

どちらも大きな市場だけに欧米資本が参入してくるのは仕方がないことだが、長年の積み重ねでKIAFやアート台北に多くの海外画廊が参加してきただけに、 両国の画廊協会にとっては黒船襲来といったところだろうか。

振り返って日本のフェアには海外からほんの僅かしか参加がなく、それもあまり聞いたことない画廊ばかりで、国際フェアとは名ばかりとなっていて、 無論欧米資本のフェアにも見向きもされないのはなんとも寂しい限りである。

ただ現実にそうした巨大フェアが日本に上陸となると、日本独自のアートフェアは危機に瀕するだけに、複雑な気持ちで成り行きを見守るしかない。

まあ私のところはそうした巨大資本とは無縁で、長年お世話になっているフェアを優先する気持ちに変わりはない。


9月26日 彫刻コレクション

若き彫刻家と音楽家のためにレジデンスを提供し、発表の機会を与え、更にそうした彫刻家の作品をコレクションするロッテに次ぐ第二のお菓子メーカークラウンのユン会長が、 リユンボクの彫刻をコレクションの一つに加えていただいた。
夜は食事のご招待を受け、会長の彫刻コレクションの壮大な夢を聞かせていただいた。
素晴らしい方である。
有名アーティストの作品を収集する日本の企業経営者からこうした作家支援に取り組んでいただける経営者が出てくれるとといいのだが。


9月25日 KIAF

ソウルのアートフェアKIAFに来ています。

昨日は展示日
今回は担当のスタッフが手術をして、しばらく安静ということで、急遽私ともう一人今月から社員となった韓国出身の女性スタッフとともに行くことになった。
展示は13時から始めて20時に終了。
73歳クタクタです。
助かったのは韓国の出品作家二人が手伝ってくれたことで、二人がいなかったらどうなっていたか。

そして本日3時より開幕。
韓国の経済も思わしくなく、日韓関係も悪化していて、参加もためらったのだが、豈図らんや始まって早々に大勢の人で賑わいホッとしている。
私どものブースも多くの人が訪れ、山本麻友香の作品は大作、小品、ドローイング、初めて作ったリトグラフの20点余が早くも完売で、日本製品不買運動もどこ吹く風のようだ。
テレビ局のニュース 番組で、こんな状況で参加したことについてのインタビューを受けたが、政治と文化は別で、日韓の文化交流をさらに深めていきたいと話をさせてもらった。

終えてレセプションパーティーがあるのだが、スタッフと作家さんに任せて私はホテルに直行。
不安も杞憂に終わり、今夜はよく眠れそうだ。





9月19日 学校の縁

9月も半ば過ぎだというのに蒸し暑い日が続く。
来年のオリンピックがこんな中でやるのだから、選手や観客の体調は大丈夫なのだろうか。

中村萌展も終了し、次の展覧会小林健二展の準備が始まる。

同時にソウル、台北のフェア、上海の岩渕華林展などの梱包、発送にスタッフは忙しい毎日を過ごしている。

長く勤めていたスタッフが退職したり、もう一人のスタッフが手術をしたりで、手が足りず、処分品の運び出しには私自身が2トンのロングバンを運転して行く羽目に。
そのバンは高さもあって、幅寄せをしようとして、マンションのエントランスの上の部分にぶつけてしまった。

処分品の絵画は150点あり、全て帆船の絵で、他にジャズのレコードやCDが10000枚、ジッポーのライターやコイン、 世絵の春画の画集、フクロウの置物などなど数え切れないくらいのコレクションが所狭しと置いてある。

所有者は私の高校のヨット部の後輩のお兄さんで、重い病気にかかり、後輩ががその処分をしなくてはならなくなった。

全部を引き受けるわけにはいかないので、絵画と春画の画集だけを預かることにしたが、猛暑の中をこの歳で運び出すのは実に辛い。

大した金額にはならないとは思うが、後輩のために頑張るしかない。

同じく高校の後輩の映画監督で手塚治虫の息子さんの手塚眞氏には、今月の30日に私が所属するロータリークラブにて講演をしてもらうことになっている。

代表作「白痴」では私どもで長年発表を続けている恒松正敏が美術を担当したこともあって、お付き合いが続いている。

映画の話や父親の話などを楽しみにしている。

もう一つ学校繋がりで、高校の同級生で大学も一緒だったT君から、彼が新たに引き受けることになった会社を手伝ってくれないかと頼まれた。

その会社は35年にわたり、海外から日本の公立美術館に美術展を紹介する仕事をしていて、ピカソ展やルノワール展など大きな展覧会を長きにわたり、日本に紹介をしてきた。

そこの社長が高齢となり、友人に会社を引き受けてくれないかとの相談を受け、私も相談に乗っていたのだが、具体的に会社を引き受ける段になって、 美術に携わっている私の力も借りたいということになった。

海外を股にかけ、著名な美術品を日本に紹介するのはとても魅力的な仕事で、手伝ってあげたい気持ちは山々なのだが、 トラックの運転手もしなくてはならない今の私の状況ではとても時間を割くことができない。

すでに三年先までの展覧会企画は決まっていて、前社長も手伝ってはくれるというが、この歳で新たな仕事を引き受けるのは、 どう考えても無理な話で、顧問という形で何かあればお手伝いをさせていただくことでどうだろうかと思っているのだが。

どちらにしても学校の縁がいろんなところで繋がってくる。

8月31日 現代美術特別展

今回の上海行きで大きな企画が持ち上がった。 青島市や成都市で日本のアーティストによる現代美術特別展をやってもらえないかという依頼である。
あまりに唐突な話と出来れば12月にやりたいということで、全く時間がない。
まずはうちの作家 30名でも構わないという。
作家達に新作は多分無理だと思うので、旧作でもよければというと、それでもいいという。
条件は申し分なく、平面なら100号前後、立体は1メートルくらいで各2点、全て買い上げ、 諸費用はもちろん10名の作家を招待し、往復の飛行機と宿泊費は持ってくれるという。

降ってわいたような話で、正式に契約を交わさないことにはにわかに信じ難いが、急ぎ準備だけはしなくてはならない。

8月30日 帰国

昨日上海から帰国。
2泊の慌ただしい日程だったが、中身の濃い充実した上海行きであった。

帰国の朝は雨空で、昨日までの蒸し暑さが嘘のように肌寒い。

昨日も画廊での個展の打ち合わせを終えて、同行した人たち共々画廊オーナーから昼をご馳走になった。
野菜を中心とした上海料理なのだが、次々に料理が運ばれ、ざるそばやラーメンで済ませるいつもの昼飯とは大違い。
北京ダックやお焼きのような饅頭が格別に美味しい。

食べきれないくらいのボリュームで、こんなに中国の人は昼から食べるのだろうか。

お腹のすく間も無く、夜はお世話になったお役人のS氏の招待で、上海の街中の高層ビルの86階にある会員制のレストランで、本格的な上海料理をまたまたご馳走になる。

高層ビルも上には上があって、86階の窓から見える向かいのビルは空に突き刺すようにそびえ立っていて、先の方は霞んで見えないくらいだから、 どれだけの高さがあるのか呆れるばかりである。

用意されたお酒もワイン、シャンパンから30年寝かせたという50度を超える中国酒までがテーブルに並ぶ。

この強いお酒で5分おきくらいに一気飲みで乾杯を繰り返すのである。
つくづくお酒が飲めなくてよかったとこの時ほど思ったことはない。

料理も次々に15種類以上は出ただろうか。
食べたこともないようなご馳走のオンパレードで、昼夜の食事とともに、一年分の上海料理を食べたような気分である。

かくのごとくの接待ぶりで、只々感謝するしかない。

この上海行きでは、自治体による大きな企画もほぼ決まり、その準備で帰ったらのんびりはしてられない。

それについては後日報告をさせていただく。

8月29日 SOUMEI GALLERY

朝はまた昨日のお役人S氏とその方をを紹介してくださった日本在住の中国人N氏、 そのビジネスパートナーで日本人のY氏がわざわざ私達を迎えに来てくれて、画廊まで連れて行ってくれるという。
そのお役人は都市計画を担当する方で、同じ政府関係者で金融を担当する女性を紹介され、その方も一緒に画廊に行く事になった。

画廊はホテルのすぐ近くにあり、この地域は高級住宅やマンションが立ち並び、上海郊外の別荘地なのだそうだ。
ホテルの窓から見えたいくつもの蔵のような建物もリゾートビレージといったようなものらしい。
高さ制限があるのか、それぞれの敷地内には低層の瀟洒な建物が緑に囲まれいくつも並んでいる。昨日もそうだったが暑さの上に湿度が高く、避暑地のリゾートといった趣はなく、どうしてこんな場所が別荘地なのか不思議である。

ホテルの前にはお洒落なレストランやカフェが並ぶ通りがあって、私がイメージする中国とはまったく違ったお洒落な町並みが続いている。
昨夜ホテルに着いた時も以前に来た上海は確か川を挟んで古い町並みと超高層ビルが軒を並べていたはずだが、草木ばかりで、ビルの影さえ見えず、随分辺鄙なところに着いたものだと思っていたのだが。

画廊もそうした高級別荘地の一角にある。
画廊の前にはテラスがあり、お客さんたちがそこでゆっくりとお茶でも飲むのだろう。
画廊に入ると壁面は真っ黒で、焦点を絞った特殊な照明でライトアップされた作品が闇から浮き上がる仕組みになっている。

常設作品の中に今回個展をする岩渕華林の作品も飾られていて、黒いバックが特徴の彼女の作品はこうした壁面で一層引き立てられている。

先に送った岩渕の作品はこの一点を除いて既に売却をしたそうで、今回持って行った4点と展覧会直前に持っていく4点の合計8点では少なすぎるという。
私どもは前に送った作品も個展用と思っていただけに、予想外のことに慌てる。
何とか4点はお客様から借りてもらって、後は版画の大作を4点新たに持っていくことで収まりがついた。
こういう行き違いが海外では多い。

個展のオープニングには記者会見やテープカットも予定されていて、プロモーションビデオも作ってくれるというから、その力の入れようにこちらの方がタジタジである。




8月28日 上海

昨日から上海に来ている。

10月5日から上海の策美画廊で岩渕華林の個展が開催されることになっていて、その出品作を岩渕とともに持っていくことになった。

初めて開催してもらう画廊ということもあって、挨拶と視察も兼ねてだが、中村萌の個展開催中ということもあって、 2泊だけの強行軍で大きい作品を抱えての出張となった。

美術品を中国に持ち込むのはなかなか大変で、中国へ送る運送会社もなかなか見つからず、 手持ちで行くのがいいということになったのだが、これも無事通関ができるか心配をしていた。

そこへ救世主が現れた。

新たにうちの画廊に入ることになった韓国の女性スタッフがの知人が中国の都市計画のお役人と取引をしていて、 その方にお願いすると南京経由で来てくれればフリーパスで持っていくことができるという。

ということでまずは南京空港へ向かい、南京から上海へ新幹線で行くことになった。

南京空港にはそのお役人が直々に迎えに来てくれていて、空港から新幹線の南京駅までは用意された車で向かう。

新幹線の南京駅は空港と見まがうばかりの巨大な駅で、ホームまでの長い距離をその方が汗だくになって大きな作品を運んでくれるではないか。

その上、グリーン車のチケットまで買ってくれていて、上海まで同行してくれることになった。

南京駅も空港同様に荷物検査が厳しく、一緒でなけrばどうなったことやら。

おんぶにだっこで上海駅に着くと、そこからは置いてあるご自分の車と荷物を運ぶワゴン車が待っていて、おんぶだっこの上に肩車でホテルに到着。

更にはホテルには、そのお役人を紹介してくれた日本の若きビジネスマンと、 日本在住の中国の方が待っていてくれて、お役人からホテルで上海料理をご馳走になるという、何から何までお世話になるという感謝感激の上海行きとなった。

明日も画廊まで車で連れて行ってくれるという。

韓国もそうだが、反日なんてかけらもない。

これだけのもてなしを日本人はできるだろうか。


8月24日 新たな出会い

中村萌展も一週間が過ぎた。
この間、内外から多くのお客様にお越しいただいた。
その中には中国や香港、韓国の著名なコレクター、そして日本の大コレクターと言われる方もお見えになり、新たな知己を結ぶことができた。
アートフェアーなど違って、お客様とじっくりとお話をする時間が持て、お客様の人柄や、お仕事、そしてコレクションなどを知ることができた。
中村の人気は怖いほどで、海外から若い方も多く訪ねてきて、その熱狂ぶりには驚かされる。
ただ皆さん礼儀正しく、アートフェアー東京のときのような無礼な転売業者は見当たらない。
来週は10月から上海のSHOUMEI画廊で開催される岩渕華林の個展用の作品を持って、岩渕とともに上海に行かなくてはならない。
帰ってきて、韓国ソウルでのアートフェアーKIAFや台北のフィギュアショウ、台北のアートフェアなどがが控えていて、そこに来てスタッフの一人が手術で長期入院、更に10年勤めた女性スタッフがこれまた体調の不安を訴え、退職することになり、零細企業は老骨鞭打って社長が働かなくてはならない。
私どもの画廊企画以外でも、来年の春まで内外での美術館、グループ展や個展の予定が次々に入っていて、私自身の身体が持つかどうか心配である。
なんとか頑張るしかない。

8月17日 初日

台風が去り暑さが戻ってきた。
その暑さの中、中村萌の展覧会初日を迎えた。

アートフェア東京の時と同様な混乱を避けようと、今回は警備員を二人配備して、朝8時から待機したが、10時半になっても誰も見えず、全くの拍子抜け。

作品はオリジナル、150限定ののフィギュアも前日までに完売していて、それでもなんとかならないかと言ってくる人がいるのではと戦々恐々としていたが、これも今のところは無しで、ありがたいことなのだが、身構えていただけにどこか肩透かしを食らったような気分である。

今回は先着順や抽選をやめ、事前にお得意様だけに限定して販売するとの告知をし、また近隣の迷惑になるので、画廊の前には並ばないようにとの通達をホームページやフェースブックで流していたことが功を奏したのかもしれない。

暑い中を手持ち無沙汰の警備員の方には申し訳ないが、何事もなかったことを喜ばなくてはいけない。


8月15日 中村萌個展

8月4日からの夏休みを終え、13日からは中村萌の個展の準備で休みボケも一気に払拭される。
ようやく昨日搬入展示を終え、あとは明後日からの初日を迎えることになる。

海外での人気が高まるにつれ、多くの方から購入希望の問い合わせが休み中にも殺到し、有難いことではあるが、点数に限りがあり、お断りをせざるを得ない状況となっている。
作品は以前に比べ格段に進化していて、細かい彫りが彫刻全体の質感をより高めている。
表現も今回は柔らかで温かな雰囲気を醸し出している。

更に特筆すべきは、今まで以上の大作に取り組んだことである。
高さ2メートルにも及び、巨大な立像は圧倒的な迫力をもって観る者に迫る。

先にも述べたような細かいエッジが全体を包みこみ、長く伸びた髪の毛のようでもあり、細い葉の衣装をまとっているようにも見える。
森に精霊ががいるとすれば、まさしくこの立像のようなものなのかもしれない。
母が子を抱く姿は神々しく気高く、その前に佇むと、心安らぎ、敬虔な気持ちに包みこまれ、思わず祈りを捧げたくなる衝動にかられる。
まさしく森の女神像であり、もしくは菩薩像と言ってもいいかもしれない。

この力作の制作過程が、大学で映像を専攻する黒岩蓮さんの手による短編映画の中で、つぶさに描き出されていて、会場内にて上映されることになっている。
因みに、蓮さんの祖母はニキ・ド・サンファールの大コレクターであり、ご両親はそのコレクションを管理し、
六本木の国立新美術館や韓国の美術館で、そのコレクションが展示され、多くの入場者が詰めかける展覧会となったことは記憶に新しい。
大学で油絵を専攻していた中村萌がニキの作品を目にしたことで、木彫を志ざすきっかけになったのだが、
ニキコレクターの孫である蓮さんが処女作となる中村萌のドキュメンタリーを制作したのも、どこかで繋がっている縁を感じざるを得ない。

既に海外からお世話になっているコレクターの方が画廊が次々と見えていて、その応対に追われ、初日がどうなるのか怖いくらいである。


8月2日 夏休み

4日から12日まで画廊は夏休みを取らせていただく。

オークションの整理も一段落で、一部まだ取りに見えてない方がいるが、ほぼ完了といっていいだろう。
入金は7月30日までとなっていて、若干お支払いのない方がいるが、出品者にお支払いしなくてはならないので、一日も早くお願いをしたい。

夏休み明けは中村萌の個展なのだが、海外からの購入希望者が100名を超えていて、その対応に追われている。

すでに私どものお得意様の予約で完売となっていて、多くの方にお断りをしなくてはならず、大変心苦しく思いをしている。

転売をされる方も多く、そうしたブローカーが初日は詰め掛けてきて、行列をするかもわからず、それが何よりの心配である。

前回のアートフェアの個展の折には、転売屋に雇われた人達が多数並んで大混乱になり、警察まで来る騒動となった。

今回は先着順も抽選もせず、お得意様だけの販売としているので、前のようにはならないと思うが、万が一ご近所に迷惑をかけてはいけないので、 警備員を2人雇い、警察にも事前に何かあればすぐに来てもらう手はずになっている。

この仕事に携わって50年になるが、まさか警備員まで雇って展覧会するとは夢にも思ってもいなかった。

何もないことが一番で、無事展覧会がスタートできることを祈るばかりである。


7月30日 作品の紹介

いきなりの暑さで熱中症で病院に運ばれる人も多いようだ。
画廊の中もエアコンは効いているが、落札作品と片付けられた作品の山に囲まれ、なんとも暑苦しい。

今週いっぱいで夏休みに入るので、落札された方は暑いのに申し訳ないが、一日も早く引き取りをお願いしたい。

夏休みが終わると早速に中村萌の搬入と展示が始まる。

300キロ近い大作もあって、これまた展示に一苦労なのだが。

彼女も今追い込みで大変だろうが、なんとか制作が間に合ってくれるのを願う。

出来上がった新作と150限定のフィギュアを紹介させていただく。



7月29日 梅雨明けと中村萌個展に関して

ようやく今日関東地方の梅雨明けが発表された。
昨年より1ヶ月遅い梅雨明けだそうだ。

長雨と梅雨寒でうんざりしていたが、突然猛暑となるとあの寒さが懐かしいから人間の身体は勝手なものである。

昨日は久しぶりにゴルフをしたが、暑さに慣れないせいかクタクタ。
スコアーもクタクタ。

画廊は今週いっぱいでオークションの片付けを終えて、12日まで夏休みに入らせていただく。

夏休みを終えるとすぐに中村萌の個展の準備となり、17日より中村萌個展が始まる。

既に毎日のように海外から個展の問い合わせと作品購入希望のメールが来ていて、どう対応していいか頭を悩ませている。

日本開催ということで、日本の私どもが日頃からお世話になっている方から優先的に予約を受け付けることにしようと思っている。
その後はこれも私どもの作家を多くコレクションしてくださっている海外の方を優先させていただくことにしている。

初めての方の中には、台湾や香港などの著名なコレクターからもオーダーがきていて、今後につながればとは思うのだが、それに応じるだけの作品がなく、 ここは日頃からお世話になっている方を優先させていただこうと思っている。

ただ、フィギュアはエディションがあるので、希望するようであれば、こうした方にもまず持っていただき、今後につなげていきたい。

それとおそらく転売目的の方も多く来られると予想されるので、今までのように先着順も抽選もやめて、予約のみとさせていただき、 どの方の予約を受け付けるかも、私の判断とさせていただこうと思っている。

更に、購入された方には三年間オークションに出品しないという契約書にサインをしていただくことにした。

混乱は予想されるが、なんとか中村の作品を長きにわたり愛していただけるお客様に渡るようにと願うばかりである。


7月26日 北原照久コレクション・SF&ROBOT展

北原照久氏のSF&ROBOT 展とトークショーに行ってきた。
浅井飛人の「黄昏」が展示されていて、トークショーの折に扱い画廊ということで私も紹介されてしまった。

このテーマにそったおもちゃコレクションや漫画雑誌は膨大な数で、それに加えて現代作家もので荒木博志のアトム、 ムットーニのジオラマなど多種多様なコレクションが所狭しと飾られていて、北原氏の飽くなき好奇心と探究心、それに加えての貪欲なまでの所有欲のなせる技ではないだろうか。
私も仕事柄マッドコレクターと呼ばれる人との縁も深いが、北原氏を知って、改めて世の中広いものだと感心させられた。

台湾のトイショーでも溢れんばかりの人がフィギュアを求めて殺到するのに驚かされたが、こうしたオモチャ、 フィギュアとファインアートのの境界が更に取り払われることで,新たなアートファンが増えることを期待する。

そういう意味でも、北原氏の存在は大きい。



7月24日 落札結果

約300点が落札された。

とは言え、700点を超える出品があったので、まだ壁面には多くの作品がアフターセールということで飾られている。
今日の午後には落札結果が指定の住所に届くはずで、明日からは作品の支払い、引き取り、送付の依頼で画廊は大忙しの一日となりそうだ。

すでに仕分けは済んでいるので、速やかにお渡しできる手筈にはなっているのだが、スタッフとアルバイトだけで果たして対応できるか不安である。

それに加えて、アフターセールで品定めする人も多くなりそうで、画廊の中はお渡しする作品で溢れかえっていて、足の踏み場もない状況の中、混乱なくすませることができるよう祈るばかりである。

また次回のオークションということで、150点にも上る出品依頼も来ていて、倉庫もいくつあっても足りそうもない。

アフターは今週土曜日までで、そのあとは画廊の片付けを終え、3日から夏休みに入らせていただくので、それまでには落札作品の引き取りはお願いしたい。

明けて、8月17日から中村萌の個展が始まるので、その展示で休み明けの13日からはその準備でまたまた大忙しとなりそうだ。


7月22日 オークション終了

20日から3日間の開催で、心配された雨も降らず、多くの方にお越しいただいた。

これから改札でどんな結果となるか、入札された方はもちろんだが、私たちもドキドキハラハラである。

76の入札箱を振ってみると、ほぼ全部と言っていいくらい入札表が入っている。

最低価格をかなり安めに設定をさせていただいたこともあってか、多くの入札をいただいているのだろう。

出品されたコレクターの方の思いを引き継ぎ、次のコレクターに作品を渡ることになるのだが、こうしたオークションがなければ、多くの作品は評価されないまま埋没してしまうかもしれない。
出品は個人コレクターの個性ある作品がほとんどで、一般のオークション会社に出るのとは違った作品であり、市場性があるものはそれほど多くはない。

それでも絵好きな人には魅力的な作品で、それを思案を巡らし入札してくださるのだからありがたいことである。
私にはこれが本来のアート市場なんだと思う。

こういう方達がいる限り、アートっていいな、アートって捨てたもんじゃないよねと思うのである。

入札されたみなさんそれぞれに作品が行き渡るように願うばかりである。

結果については改めて書かせていただく。

7月18日 いよいよオークション

いよいよ今週土曜日からギャラリー椿オークションが始まる。
昨日には750点の展示も終わり、後は最終チェックと入札準備をするだけ。
すでに多くの問い合わせが来ていて、問い合わせ作品の写真を送るのにスタッフは忙しくしている。
遠方の方は画廊にくることができないので、リストで関心のあるをチェックして、写真を送ってもらい、事前入札をする人が多い。
期日前投票と同じ様なものである。
投票日と入札日の日が重なり、忙しい方は両方とも事前に済ませるのをお勧めする。

出品作品は若手作家から古い作家まで、名品珍品が多数出品されているので、お時間のある方はお越しいただき、じっくりと品定めをしていただくのがよりベストではある。
せり方式と違いじっくりと作品を眺めることができ、お気に入りの作品を見つけていただきたい。

毎夏恒例のイベントで楽しみにしている方も多く、大勢の方で賑わう週末となりそうだ。

この週末に梅雨も明けてくれればいいのだが。


7月13日A T氏コレクション

続いてT氏コレクションの200点余がギャラリー椿オークションに出品されます。
現代アートを中心に初期に集めた油彩も出品され、コレクションの変遷が伺えます。

川俣正、流麻仁果、菊池玲司、エルンスト、小川信治、山下菊二、関根伸夫、草間弥生、石元博康、森山大道、滝口修造、桂ゆき、夏目麻麦、堀込幸枝などなど。






7月13日@ I氏コレクション

来週20日から22日までのギャラリー椿オークションには昨年夏に急逝されたI氏コレクションの作品200点以上がご親族より出品されることになった。

I氏は若手作家のサポートに情熱を傾け、私どもの作家を始め多数の若手作家たちの作品をコレクションされた。
それは大変熱心で、いつも展覧会に作品が到着するのを待ち構えて、いち早く作品を見るのであった。
その熱い想いは志半ばで途絶えたが、ぜひI氏の想いを引き継ぎ、オークションにて手元においていただければ、I氏への何よりのはなむけになるのではないだろうか。
ご参加をお待ちしている。

出品作品の一部を紹介させていただく。

山田純嗣、スズキマサアキ、呉亜沙、井澤由花子、篠原愛、大坂秩加、永山真索、大谷有花、佐藤香奈、小野寺麻里、大河原愛、夏目麻麦





7月12日 食事会

ここ連日食事会が続き、イタリアン、すき焼き、鰻、天ぷらとお腹の休まる暇がない。
写真をFBや日記でアップしているが、お腹の出っ張りが気にかかる。

ロータリーの仲間と月曜は広尾のイタリアンレストランで年度替りの親睦会。
30名ほどが集まり和気藹々賑やかな会となった。
ここ最近はこうした集まりに新旧多くの会員が集まり、私が入会して43年になるが、久しぶりにクラブが一体となって活気のあるクラブ運営ができている。

翌日はお昼から小学校のクラス会。
私達のクラスは25名と少なく、内4名が鬼籍に入ったが、16名と多くの仲間が参加した。
担任の先生はその後東工大の教授を務め、定年後も東工大の仕事に携わり、90歳を機に退職されたというから驚きである。
その矍鑠たる先生を囲み、先生以上に歳がいったように見える我が教え子たちは60年以上前に戻り、豆腐料理、すき焼きをつつきながら懐かしい話に花が咲いた。

クラス会を終えて、ジュリアンオピー展の内覧会に向かう。
そこで出会ったパトロンプロジェクトの菊池さん達と、コレクターでお世話になっている初台の鰻屋さんに向かうことにした。
ご主人にとっておきのおいしいワインを振舞っていただき、これまた美味の鰻重に舌鼓を打つのであった。
最も私は下戸で食べる方専門なのだが。

そして翌日はこれまたロータリー仲間数人と贔屓の天ぷら屋へ。
ここでもワイン、シャンパン、日本酒を飲みながら揚げたての天ぷらを食べるのであった。
この中には80代が4人もいるのだが、その元気きなことといったらない。
当然私は食べるだけで、いつものごとく割り勘負けをするのであった。

左に座ってられるのが90になられた先生。

7月11日 ギャラリー椿オークション

7月20日から22日まで私どもで恒例のギャラリー椿オークションが始まる。

750点を超える作品が出品される予定で、ピカソ、ポロックなどの海外作家から日本の棟方志功や三岸節子などの著名作家、 世界でますます評価の高まる草間弥生、菅木志雄、写真の森山大道、石元博康、アラーキー、幻想美術の山下菊二、中村宏から若手の人気作家まで各分野の作家の作品が出品される。

入札形式で行われるのでじっくり見ていただき掘り出し物を見つけていただきたい。

一部を紹介させていただく。







7月10日 アトリエインタビュー

パトロンプロジェクト代表の菊池麻衣子さんが化粧品の業界誌「国際商業」のアート欄のインタビューのため、中村萌のアトリエ訪問に同行した。

アトリエは「Kunst haus(クンストハウス)」と言って 10人のアーティストがシェアをしているアトリエである。

8月17日から予定されている個展のために、大作を制作中で、その合間を縫っての取材であった。
美術とは違う分野での紹介だが、関心を持ってもらえればありがたい。


7月9日 ジュリアンオピー展

イギリスを代表する現代アーティスト・ジュリアンオピーの展覧会がオペラシティーギャラリーにて明日から始まる。
それに先立ち内覧会に行ってきた。
オピーは点と線のシンプルな画面構成で知られ、その表現は絵画、版画、立体、ビデオと多岐にわたる。
今回の展示は25点と少ないが、会場に入ると圧倒されるような大作が2点目の前に現れる。
オピーが直接壁面に描いたものを下地に、その上にフォルムをかぶせたもので、天井までいっぱいに描かれた大作で、そのために早くに来日し、会場構成を含め全て自身の手によって準備された。

展覧会が終わって、壁に描いた作品がどうなるか気になるのだが、どうやら破棄されるようだ。
壁の一部でもこそっと手に入れたいものである。

会場で明日、中村萌の取材でアトリエに一緒に訪ねることになっているパトロンプロジェクトの菊池さんが偶々いて、彼女のインタビューに便乗して、オピーさんと一緒に写真を撮って貰った。

作品同様にお洒落なイケメンで、なんとなく気後れしながらも記念の写真となった。

同時開催で寺田コレクションでは池田良二治の版画作品が並んだ。
初期からの作品が多数あって、興味深い展示であった。



7月7日 補聴器

先日のペット検査の結果が送られてきた。

特別問題になるところはなく、初めて受けた脳検査でもアルツハイマーの所見は見当たらず、まずは徘徊逆走の心配はしなくてすみそうだ。

健康であることは自分にとってもありがたいことだが、それ以上に家族に迷惑をかけなくて済むのが何よりである。

ただ老人力はますます高まるばかりで、指先の感覚が衰えてきたのか、紙やレジ袋をめくるのがままならない、車がまっすぐ止められない、テレビの音量がますます大きくなる、 靴下を履くのに一苦労などなどさまざまな症状が出てきている。

一番困るのはテレビもそうだが、話し声が聞こえなくってきたことで、お客様と話していても聞き取れないことが多く、 生返事をしたり、とんちんかんな受け答えをしていることが多くなった。

そんなこともあって補聴器の無料試聴というのをやってみた。
試してみると性能が良すぎるのか、本をめくる音や風に揺れる葉っぱの音まで聞こえてきて、かえってと鬱陶しくなり、すぐに返してしまった。

それよりも驚くのは価格が60万から80万円もしていて、それが永久に使えるのではなく、5年ほどで交換しなくてはいけないのと、電池も一ヶ月くらいで替えなくてはならず、 その電池もコンビニで売ってるようなものではなく、専門店で買わなくてはならず、これまた高いときている。

そんなこともあって補聴器は諦めたのだが、偶々家電量販店で補聴器に代わる集音器というのを見つけた。

試してみると相手の声やテレビの音がよく聞こえる。
更にいいのは電池でなく充電式なのと、価格も補聴器に比べるとかなり格安でいうことなし。
早速購入することにした。

欠点は聞こえすぎて、自分の声がうるさいことだが、これは致し方ない。
しばらくはこれで試してみようと思っている。

7月1日 ボルタンスキーと塩田千春展

今日は画廊を休んで、国立新美術館のボルタンスキー展と森美術館の塩田千春展を見に行ってきた。

二つとも大掛かりなインスタレーションが注目の展覧会。

まずはボルタンスキー。

現代のフランスを代表する作家で、活動の全貌が見られる日本では過去最大規模の回顧展。
映像、写真など多彩な表現の作品とともに暗い空間にいくつかの巨大なインスタレーションが並ぶ。
私には不安感を増幅されるような作品が多く息が詰まりそうだったが、唯一日本の風鈴を使ったインスタレーションが安らぎを感じさせてくれる。


塩田千春。

ベルリンを拠点に精力的に発表を続ける塩田の25年にわたる活動の全貌を見ることができる。
こちらも圧倒されるようなインスタレーションが並ぶが、ボルタンスキーと違ってインスタレーションに身体ごと包まれるようで心地がいい。
展覧会タイトルの「魂がふるえる」を実感させられた。

糸を張り巡らせたダイナミックな空間は圧巻で、日本人でそれも女性作家でこれほどスケールの大きい作家がいたとは驚きで、今後世界のアートシーンの頂上を極めるのは間違いなさそうだ。

思わず、帰りに彼女のリトグラフを衝動買いしてしまった。



7月1日 もう7月

もう7月で、あっという間に半年が過ぎてしまった。

年々月日の経つのが早く感じるようになって、よく言うように、歳をとると一日が長く、一年が早いのを実感している。

今月は一月前倒しで、毎夏恒例のギャラリー椿オークションが20日から3日間開催されることになっている。

約600点の作品が出品されることになっていて、著名作家から若手まで多数の作品が並ぶ。

掘り出し物を探しに是非お越し頂きたい。

海外では6月29日からすでに始まっているが、ロスアンジェルスのCorey Helford Galleryでキティちゃんの誕生45年を記念したグループ展が開催されている。

オープニングの様子が送られてきたので紹介をさせていただく。

参加している山本麻友香の作品には海外のお客様から多くの問い合わせがあったが、こちらのギャラリーのみでの販売ということと、 著作権の関係もあって、類似した作品の制作も難しく、この一点のみとなっていて、それもすでに売れたとの報告を受けている。
以前に鉄腕アトムの一部を絵に取り込んだ作品を山本が描いたことがあったが、これも著作権料を手塚プロに納めなくてはならなかった。

キャラクターものをテーマにするにはなかなか難しい面がある。

今、イギリスの大英博物館や日本の美術館で漫画をテーマにした展覧会が多く開かれていて、 そんなこともあってか手塚の作品はオークションでも高い価格で取引されるようになり、ますます著作権との関連が問題視されてくることになるだろう。

9月に親しくさせていただいている手塚治虫のご子息で映画監督をされている手塚眞氏にロータリークラブでお話をしていただくことになっていて、 この辺の問題にも触れてもらえればと思っている。

山本にはこうした機会を与えてもらったこともあり、次の展開にもおおいに期待をしている。


6月29日 ペット検査

6月21日に73歳の誕生日を迎え、後期高齢者の仲間入りも目前となってきた。

ニュースでは高齢者の自動車事故や、認知症のことが毎日のように報じられる。
私もそうした事例の適齢期を迎えたことになる。

誕生日に合わせて、2年に1回人間ドックで検査を受けることにしている。

全身くまなく診る検査は2年前にやっているが、いつもは放射物質が微量入った注射を射ち、後は寝て、MRIによる検査を受けるペット検査が痛くもかゆくもないので、それを受けることにしている。

この検査は癌細胞が正常の細胞よりずっと多くブドウ糖を取り込む性質があることを利用するもので、微量の放射性物質を含むブドウ糖液を注射し、 MRIでブドウ糖が多く集まるところに癌細胞があることがわかり、早期発見に繋がるいたって楽な検査である。

ただ費用が10万円以上かかるのとと、万能ではなく癌の部位によっては不得意なものもあるので、何とも言えないが、 私はカメラやバリウムを飲んだり、あちこちで注射されたりレントゲンを撮られるのよりは楽なので、この検査を受けることにしている。

ペット検査の不得意な中の一つに脳腫瘍があって、今回は物忘れもひどくなっていることもあり、オプションで脳検査も別途受けることにした。

結果はまだ2週間後ということなので、いつもそうだがドキドキしながら結果を待つことになる。

友人たちと集まれば、まずは病気の話になり、やれ何処が痛い、手術した、入院をしたという話ばかりで、 そう思うとこの歳まで大した病気や怪我もしたことがないのはありがたいことだが、まずは安心保険と思ってペット検査を受けることにしている。

6月27日 展覧会印象記A

柳澤裕貴展

緻密に描かれた風景画。
風景という、
遠くから第三者的に傍観する
精神的距離感はなく、
目前の、葉の生茂った大木の足元の状況という、
切実感、画家との一体感が漂います。

画家は無数の葉によって構成される目前の事態を、
きっぱり塗り分けながら、
一旦、地と図という色の関係に整理し、
そこから湿度や香りや風がともなう空間に復活させます。
そして描かれないある存在をもイメージさせる。
そんな印象でした。



−ブログはこちらより−
 画廊めぐりノート


6月27日 紋谷幹男氏展覧会印象記

今回も展覧会に寄せて寄稿していただきました。

岡本啓個展
展覧会タイトルは、ーRAUMー。
※「空間」を意味するドイツ語。

絵画は、
ある二次元の状態を固定した表現スタイルです。
しかし、表現方法によっては、
固定された、という意識よりも、
変化の過程という意識を生む作品もあります。
画面は、何かの出来事のある刹那で、
直前も直後もあり、遥か前も遥か後もある。

これらの作品がそんな感覚を呼び寄せるのは、
不思議な視覚体験によります。

作品は、現像によって印画紙上に描かれた「像」です。
キャンバス上の絵筆の筆跡ではないものの、
モニター上でデジタル加工されたCGでもなく、

暗室内での手作業の結果です。 何かの再現のための手段ではなく、
意識の奥深くに沈んでいった形や色を
もう一度現わして画像に留め置く。
調和は考慮されず、
ハレーションが起こる状況が生まれます。

この香りの違う空気の渦のような作品は、
覗き込みさえすれば、
そこに別世界が広がる万華鏡のようだ。
そんな印象でした。



−ブログはこちらより−
 画廊めぐりノート


6月24日 柳澤裕貴展

GT 2 でも土曜日から柳澤展が始まった。

今回は今までの緑陰の木漏れ日の風景から、鬱蒼とした木々や草花をテーマにした作品が並ぶ。

前回もいくつかこうした作品を発表して好評を博し、韓国のフェアでも大作が売約となり、今回の作品ももし残れば韓国でもまとめて紹介をしたいと思っている。

初めて韓国で紹介した時も、癒されるということで、まとめて10点ほどが韓国の病院に飾られることになったり、大邱の市長室にも100号の作品が展示されている。

日本画の顔料をベースに、青や緑、紫の色彩を使った自然の情景は、一服の清涼剤となって、心にしみてくる。

日本画や伝統的な洋画のモチーフなのだが、一味違う現代的な表現に変化させているところに今回の作品の妙味がある。

今でも思い出すが、柳澤の最初の個展の初日が東北の大震災の時で、それから韓国の時もそうだったが大雨がやって来たりと、柳澤の展覧会発表のときは何故か天変地異が起こる。

直前に山形・新潟で大きな地震があって、今回も初日が心配されたが、雨模様でこれは梅雨のさなかで仕方がなく、まずは何事もなくことなきを得た。

ところが今日の朝、強い揺れが東京を襲い、柳澤の祟りがいよいよやってきたのかと肝を冷やしたが、大した被害もないようで、胸をなでおろした。

あと二週間無事で終えることを祈るばかりである。



6月22日 岡本啓個展

今日から岡本展が始まった。

岡本の作品は写真なのだが写真ではない。
カメラを使わず、暗室で手探りで印画紙に光を当てて感光させ、色を抽出する。

偶然のようだが、そこに岡本独自のテクニックがある。

うまく説明できないので、岡本の言葉を引用させてもらう。

私は光そのものを見せる仕方を考えている。
「描く」ことが「光を捉える」ことと同義ならば、その方法に絵の具は定義されていない。

私は写真印画紙に向かい、「光」を色彩として形として「記録」をする。
真っ黒い部屋の中で行うこの方法に「フォトブラッシュ」と名前をつけた。

「写真」というのは厄介な言葉で、体がないまるでお化けだ。
紙でも布でもディスプレー上でも、撮影された静止画として写ったものはすべて写真と呼ばれる。

絵画のように確固たる支持体を持たないこのメディアは、任意の支持体を与えるとそこに憑依する。
ゆえに発展し日常に浸透した。
イメージこそが写真、と言える。

レンブラントたちが捉えようとしt幻のような世界を、軽やかに表しているのだ。
photographの語源はギリシャ語で「光の記録」、これはそのまま絵画の方法論である。

キューブリックは遺作となった「Eyes Wide Shut」で、現実と夢想は同価値(この映画の場合、同罪)であるとした。
視覚においても私達が捉えている世界は、眼球に写った(イメージ)の認識でしかなく、「見えている」という点では(幻まぼろし)と変わらない。
光は、夢と現を同時に内包している。

私は光そのものを見せる仕方を考えている。
物質とイメージの間でたち顕れる、その美しさを。



6月21日 河原朝生インタビュー

昨日紹介した月刊美術で河原朝生のインタビュー記事が掲載されているので、長くなるが紹介させていただく。

人間には、どうしようもない寂しさとか、底知れぬ悲しみに暮れるときがある。
そんなものを絵に表現されたら、キャンバスの前で泣いてしまうかもしれない・・・ 編集部

「ポエジーの重要性」

母親は新劇の女優をしていました。
相当多忙だったのでしょう。
生後一年以上も広尾の日赤病院に預けられたままだったそうです。
普通に母親が抱いたり、乳を与えるというスキンシップはほとんどなかったようです。

父親も歌人でほとんど書斎に篭っているような人でした。
孤独が当たり前のちょっと変わった幼年時代でした。
今でも家族というものがイメージできません。

ただ孤独というものを肯定的に捉えられるようになったことは、それほど悪いことではありません。
絵を描くようになってからはそんな環境で育ったことをありがたく思うようになりました。

絵を描くようになったのは18,19歳の頃だと思います。
絵を学ぶためにローマに行きましたが、あまり真面目に勉強はしませんでした。
その頃からずっと自分のことを画家だと思ったことはありません。
今でもその気持ちは変わりません。

画家というのはある程度長い時間、制作と向き合っている人だとだと思うんです。
私は制作している時は人一倍真摯に作品と向き合いますが、普段は怠け者でだらだらと遊んだり寝たりしていることのほうが断然多いです。
そんな生活をしていると世間の風当たりが強いので、お仕事はと聞かれたときは絵を描いてますと答えるようにしています。

でもそういう困った人間の割に「自分の作品もなかなか悪くないな」とは思いますけど・・・

作品は殆ど想像で描きます。
いろいろな光景が頭に浮かびますが、実際に描いてみると、ポエジーを感じるものとそうでないものがあります。

暗闇で手探りするような感じで進めますが、自分が一番大事だと思うポエジーが現れなければ先に進めることはしません。
ポエジーがなければどんなイメージもどんな作品も自分には全く無意味なものになってしまいます。

ポエジーというものを言葉で説明するのはとても難しいこと、むしろ不可能に近いかもしれません。

ポエジーは真実、存在、愛といったわけのわからないものに触れるための必需品だと思うのです。

4歳の頃、遅く帰ってきた母親が宮沢賢治のあまりメジャーでない短編を読んでくれたことを時々思い出します。
宮沢賢治はオノマトペ(擬音語)を巧みに使う手法でポエジーと独自のリアリティー生むことに成功しています。

当時それがポエジーだと認識したことはありませんでしたが、子供なりに言葉では表現できない謎めいた不思議なリアリティーを感じたのだと思います。
その時初めて「ポエジー」という得体の知れない魅力的なものに出会い、その後それが自分にとって何よりも大事なものになってゆくのです。

6月20日 月刊美術

美術雑誌・月刊美術7月号の巻頭特集「ベテラン・個性派洋画との再会 心で集める絵」で河原朝生、小林裕児など18名の作家が紹介された。
1十八名の作家の中でも二人の他に七名の作家がこれまで私どもの企画に参加をしていて、何と半数の作家が私と関わったことになる。

この特集は編集部が次のような思いで企画をしたようだ。

一人の画家を追い続けるコレクションがある。
ギャラリーの矜持、アーティストの想い、そしてコレクターの美意識・・・

三者が一つの夢を分かち合う。
これより素晴らしいことが他にあるだろうか。

完売したとか、値上がりしたとかではなく、心で絵を集める尊さ。

そんな当たり前のことを思い出させてくれるのは、絵画の新しい時代を切り拓き、今でも輝き続けるベテラン洋画家たちだ。

令和に変わり、改めて亡くなった有元利夫を始め、昭和20年代生まれの作家に焦点を当てた企画のようだ。

私も35年以上にわたりこうした作家たちと出会い、紹介を続けてきただけに、新しい作家たちに目が向く時代にあって、 昭和世代の作家たちを掘り起こしてくれるのは大変嬉しいことである。

本屋さんで目に留まったら是非手にとって読んでいただきたい。


6月18日 おもちゃコレクター

オブジェ展ではおもちゃコレクターと知られるK氏が来廊。

K氏は京橋に生家があり、それもあって京橋エドグランのロビーには月替わりで氏のコレクションが展示されている。
また氏のライブも時々ここで行われている。

氏のコレクションはおもちゃにとどまらず多岐にわたり、今ときめく現代アートもいち早くコレクションをされたようだ。
私どもで発表している小林健二や森口裕二の作品もコレクションの一つである。

しばし、氏のタブレットでコレクションの数々を見せていただく。
童心を失わない純な思いに溢れた作品ばかりで、私の好みに通じるものがある。
うちで展覧会をやってみたい作家ばかりだが、ほとんど名前も知らず、作品も見たことがないものが多い。
世間は広いものである。

おもちゃを含めてこうした溢れんばかりのコレクションもその情熱がなせる技で、好きという思いが私が知らない作家たちの作品さえも引き寄せられて行くのだろう。

7月19日より28日まで羽田空港の第2ターミナルでSFに関連した作品のコレクション展をやることになっているそうで、 そこに浅井飛人の宇宙服を装着した作品も展示されることになるようだ。

古希を迎えたそうだが、童心と夢、童夢はとどまるところを知らず、溌剌と輝いていてとてもそんなお年には見えない。

私も負けずに夢を見続けよう。


6月17日 父の日

昨日は子供達やその嫁さんから「いつもありがとう」の感謝のメールが送られてきた。

私は全く気がつかなかったのだが、昨日は父の日だったのをメールを見て初めて気がついた。
母の日は昔からカーネーションを送ったりして、お祝いをしたのを覚えているが、いつから父の日が慣わしとなったのだろう。

私は親にそうした感謝の気持ちを表す手紙やプレゼントを贈ることは滅多になかったが、うちの子供たちは小さい頃から常に感謝の言葉やプレゼントを送ってくれていて、 親不孝な父親によくこんな気がつく子供たちが生まれたものと感心している。

逆に私は3人の子供や7人の孫の誕生日を覚えておくだけでも大変で、この前も10日も早くうっかりして娘にお祝いメッセージを送ったりで、うっかり度がひどくなっている。

画廊のスタッフの誕生日もとても覚えきれないので、誕生日祝いの代わりにクリスマスプレゼントをみんなに贈ることにしている。

いまだに忘れられないのは、70歳の古希のお祝いの記念展を誕生日に合わせて作家さんたち90名が主催してやってくれたことで、今でも深く心に刻まれている。

大したお返しもできないのに、子供夫婦や孫、画廊のスタッフ、作家さんたちにこうして祝ってもらい、私は本当に幸せものだとしみじみ感じている。


6月15日 海外の展覧会

昨日はソウルの若い画廊オーナーがビジネスグループの勉強会の合間に私どもへ寄ってくれた。

前にソウルに行った折に出会った画廊さんで、そこの画廊に案内され、やっていた展覧会が今風の興味ある展覧会であった。

すでに韓国の多くの企業や雑誌に取り上げられていて、韓国では名前の知られた作家のようだが、この作家は台湾で発表すればもっとブレークするのではとアドバイスをさせてもらい、 一度アート台北を見学に来るようにと言っておいたのだが、是非に案内をしてほしいとのことであった。

日本でのプロモートも頼まれたのでお手伝いをさせていただくことにした。

こうして少しづつ海外とのおつきあいが広がっていく。

今回もローマの画廊がローマとロンドンのグループショーに中村萌に参加してもらえないかとのメールが送られてきた。

丁寧に自分の画廊の説明がなされ、日本人作家では高松和樹の個展をやっているということで、私も会場風景をFBで見たことがある。

大変誠実で丁寧なメールでもあったので、中村とも相談し、参加の方向で検討させてもらうことになった。

少し前になるがシカゴの画廊が武田史子の作品を扱いたいとのメールが入り、ここも誠実で謙虚な対応をしていただき、取引をさせていただくことにした。

そうした中でロスアンジェルスにある画廊も展覧会の出品依頼が昨年からきているのだが、間に立つ人がいて、この人が一筋縄ではいかず、横柄、 不遜、自分の考えを押し通すといったことが続き、流石に手を焼き、私のところはその代理人とは一切関わらないことに決めた。

機会があればオーナーと一度コンタクトを取り、その上で直接お話ができればと考えているのだが。

海外とは意思疎通が難しいが、まずは信頼関係を築くことが大事で、それがあれば長く続き、作家にも貢献することができるのだが。

6月14日 印象記

紋谷幹男氏がオブジェ展の印象記をアップされたので、日記でも紹介させていただく。


17人の作家による立体作品の​グループ展。
かなり見応えがあります。
無機的、幾何学的な作品は少なく、
主に人物、生き物がモチーフになっています。

伝統的な具象系の彫刻のモチベーションは、
フォルムの追求なので、
素材感、色合いなどの表皮に関わる優先度は低いですが、
これら抽象系の立体作家にとっては、
フォルムと表面は表裏一体の関係になります。

こうやって前衛系のクオリティの高い立体作品を眺めていれば、
絵画とは全く異質なメッセージが発せられていることがわかってきます。
立体は実態なので状況そのものです。
素材の持つ物質性は雄弁に語ります。

ある事態を起こしている当事者を空間ごと切り取って、
ここに置いたかのような臨場感があらわれます。
営みに伴う温かみがあります。

作家の中に起こった何かの予感が漂っている。
そんな印象でした。








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 画廊めぐりノート


6月13日 ベトナム会

私が所属するロータリークラブではタイの山岳民族の子どたちと、ベトナムの戦災孤児や両親と犯罪や貧困で生き別れた子供達の支援をしている。

タイの支援は日本人写真家三輪氏が、現地の山岳民族の子供達の厳しい教育環境を見かねて始めたプロジェクトで、さくらプロジェクトという。

ベトナムは日本で東大、京大で物理学を修めたホーウェイ氏が設立した青葉奨学会という教育支援プロジェクトで、お二人とも大変熱心にこの支援に取り組んでいて、 うちのクラブも協力して長年支援を続けている。
私を含め6人の仲間はタイの子供達の里親をしていて、就学支援をさせてもらっている。

2年に一回はそうした子供たちに会いにタイ、ベトナムに出かけ、カンボジアやミャンマーなども回ってくる。

偶々2年前にベトナムに出かけた会員のうちの3人が同時に癌に罹り手術をしたことがあって、 元気づけとその快気祝いを兼ねてベトナム会と称して、渡航仲間と集まり親睦を兼ねた食事会をやっている。

昨夜も渡航仲間以外に新入会員でベトナムで仕事を展開している会員も誘い、14名が集まりベトナム談義に花を咲かせた。
今期はクラブで行く旅行も多く、11月のタイベトナム以外にも来年2月に沖縄、6月ハワイとあって、大勢の会員家族が参加することになっている。


6月12日 クラス会

小学校のクラス会が久しぶりに開かれる。

担任だった理学博士の道家達将先生は91歳になられるが、矍鑠とされていて、今回も出席していただけることになっている。

先生は海軍兵学校を経て、名古屋大学理学部化学科を卒業されたのち私どもの小学校和光学園に赴任された。
その後先生は東京工業大学に入り、科学史家として多くの科学、理科の本を出版されている。
東工大教授から茨城大学、放送大学の各教授を経て名誉教授となり現在に至っている。
私達の小学校は旧制成城学園から玉川学園、明星学園、そして和光学園の三つの学校に分かれ、それぞれが戦後の新教育を理想に掲げ、設立された学校であった。

私の小学校はユネスコの実験学校となり、独特の児童教育がなされた。
学校の理想に共鳴した児童教育者と知られる著名な先生が多くいて、道家先生もその一人であった。

クラスは二つしかなく、一クラス20数人でまるで田舎の分教場と変わりがない。
それぞれのクラスにハンディキャップのある子、双子、台湾や韓国の子、日本語が喋れない帰国子女などがいた。

教室の机は幼稚園のように丸テーブルで数人が囲んで座るようになっていたり、机には大きな紙が敷かれ、授業中でもそこに自由に落書きをすることができた。
落書きでいっぱいになるとそれは教室の壁に張り出されるのである。

普通の小学校で教える算盤や習字の授業はなく、朝のラジオ体操もやったことがなく、それぞれが中学に進むとラジオ体操はできない、 習字やそろばんも一からといった具合で流石に苦労したもので、いまでもクラスメートと会うとその話になる。
私の字が下手なのはこのせいだと思っている。

その代わりに一年生から英語の授業があり、こちらは習字と違い私は大学まで習った英語の実力を発揮できないまま今に至っているのだが。

こんな風変わりな小学校ということもあってか、みんな伸び伸びと育ち、あまり勉強もしなかったのだが、多くのクラスメートが一流大学に進学をしているので、 この教育もどこかで役に立ったのだろう。

少人数ということで今でもクラスメートとは仲が良く、今でも会うとターちゃん、モッちゃん、プッちゃんと呼び合い、私はツバちゃんと呼ばれている。

そんな仲間だけにクラス会となるとほとんどの仲間が集まる。
先生も元気とはいえお年がお年だけに、いつまで出て来られるか心配ではあるが、100歳になっても出てきてくれることをみんなで願っている。

6月8日 梅雨入り

いよいよ梅雨入りで、私にはというより誰でもそうなのだろうが、ジメジメして体がだるく、気合いが入らない季節となった。

そんな最中、うれしい知らせがやってきた。

中村萌と同じスタジオで制作をしている鍛金作家内田望の両君が揃って画廊にやってきた。
そんな感じはうっすらと思っていたのだが、お二人入籍の報告であった。

お似合いの二人で、美男美女、好感度抜群の二人である。
素晴らしい家庭を築いてくれることだろう。

二人とも売れっ子作家で、制作に忙しく、新婚気分を味わうどころではなく、特に中村は8月に個展を控えていて、慌ただしい日々を過ごしている。

ちょうど台湾から美術雑誌が届き、中村が特別企画で6ページにわたって紹介されていて、記事を読んで個展を待ち望んでいる台湾のファンも多いことだろう。

我が画廊はおめでた続きで、ここ2、3年岩渕華林、高橋舞子、佐藤未希、門倉直子、天明里奈など結婚や出産の知らせが相次いで届いている。

昔は女性作家は結婚や出産を機に制作をやめてしまうケースがほとんどであったが、今やそんなこともなく山本麻友香、呉亜沙、真条彩華、井澤由花子などは精力的に制作を続けている。

家事、育児と制作を両立させていくことは大変なことだが、それぞれがその苦労を乗り越え、いい仕事をしてくれていることを頼もしく思う。

何となくまだ報告が続きそうな予感がしているのだが。



6月5日 訃報

多摩美の前教授の渡辺達正先生から昨日の朝に電話が入り、前日に多摩美の前教授であった本江邦夫氏が亡くなったとの知らせを受けた。

ソウルからの帰途、羽田空港で心筋梗塞で倒れそのまま亡くなられたとのことであった。

突然の死に言葉を失った。 先週画廊に見えて開催中の木村繁之とも話し、私に椿らしい展覧会ですねと言われて帰られただけに、今だにその死が信じられない。

本江先生とは色々ご縁があるが、韓国のソウルで初めてのアートフェアKIAFが開催されることになり、それに合わせて日本現代美術展が企画され、 作家の選考を本江先生他2名の美術評論家にお願いしたのが初めての出会いだったかもしれない。
それ以前にも画廊の展覧会にはよく見えていたのだがお話をしたのはこの時が初めてであった。

この時も一緒にソウルに行ったが、その後韓国の彫刻家リユンボクのカタログに先生の評論をお願いし、韓国の彼のアトリエまでご案内したのが懐かしく思い出される。

更には山本麻友香の岡山の美術館の展覧会でもカタログに一文を寄せていただき、対談もされたこともあった。

また北京でこれまた10名の日本人作家による現代美術展でも先生にキュレーションをお願いしたことがあった。

この二つの展覧会に選ばれた作家の中から、呉亜沙、堀込幸枝との縁が出来、画廊での個展につながることになった。

昨年は私が所属するロータリークラブでも卓話をおしていただき、会員たちも大変興味深く聞いていただいた。

その後も多くの作家の個展にお越しいただき、作家たちの励みとなったのは言うまでもない。

数多いる美術評論家の中でも本江先生ほど画廊巡りをする人はいない。
その上作品まで買われる評論家は稀有といっていいだろう。

VOCA展、シェル賞展、損保ジャパンFACE展など審査委員長も務め、画廊周りと相俟って多くの若手作家を見てきた評論家は本江先生をおいて他にいないのではないだろうか。

私にとっては幾つものご縁があっただけに、その早すぎる死は惜しまれてならない。

今朝も一人これも美術評論家で詩人のワシオトシヒコ氏の訃報も届いた。
この方とも長いおつきあいがあった。

美術界にとってかけがえのないお二人を失ったことは大きな痛手である。

心よりお二人のご冥福をお祈りする。

合掌

6月3日 オークション

先日の日記でも触れた台北のオークションが6月1日に開催された。

そこに中村萌の立体や絵画、フィギュアなど8点が出品された。

購入してすぐに転売目的で出品した人もいて、心を痛めていたが、それでも落札結果は気になるものである。

結果全ての作品が落札されていた。
多くの日本人作家の作品も出品されていたが、ほとんどが不落札か低い価格で落札をされていて、そうした中で全て落札されたことは嬉しいことなのだが、問題は落札価格である。

まず最初に出てきた高さ30cmほどの木彫作品が660万円超で落札。
アクリルで描いた6号くらいの平面作品が260万円超、150部限定のフィギュア作品も140万円超を筆頭に、80万円から100万円を超える価格で落札されていた。

私どもの売価が木彫で45万円、絵画で20万円、フィギュアが5万から10万くらいなので、全て10倍を超える価格で落札されている。

ポツポツとオークションに出て、高値で落札されているのはわかっていたが、これだけまとめて出てきて、想像を超える高値で落ちるとは驚きを超えて怖いくらいである。

こんな価格では日本で応援してくださるお客様にとっては遥か彼方、手の届かない価格である。

オークションで高値で落札された作家が画廊を通さず、自分でオークションに出して売っているのを聞くと、間違いなくこうした作家はバックボーンがないだけに、 ひとたび下がれば誰も相手にしなくなるのは目に見えていて、事実こうして消えて行った作家を何人も知っている。

中村萌は私どもが支えているのでそうした心配はないが、価格についてはとてもついていけない。

わたしは愚直と言われようが、価格については私の裁量で決めていて、オークションに連動するような価格にすることはまずあり得ない。

注目を浴び、ファンになってくれる方が増えるのはいいが、価格が上がるから買うとか、転売目的の人には絶対に売らないようにしようと思っている。

8月に個展を控えていて、この結果から相当な混乱が予想されるが、私としては日本で開催する以上まずは日本の方に、 そして優先順位は中村萌以外の私どもで発表をしている作家を多く買ってくださる方で、中村萌も応援してくださる方から順番にお願いをしようと思っている。

今の状況では一般の方にお売りするのは大変難しく、先着順も抽選もしないことにしている。

おそらく非難を浴びることだろうが、長い目で作家と関わってきた私としては、まずは作家を守らなくてはいけない。

このやり方で50年以上やってきたのだから、間違ってはいないと思う。
細く長くが私の信条である。

皆さまのご理解をいただきたい。

5月31日 オブジェ展

明日からオブジェ展が始まる。

ギャラリーコレクション、T氏コレクション、そして所属作家の新作など20名の作家の作品が並ぶ。

ここしばらく私どもの画廊では立体作品による展覧会が続いていて、それぞれが好評で、結果多くの作品をお求めいただいた。

私もこの仕事に携わり51年目になるが、以前はこのような立体作品がコレクターの皆様に関心を持っていただけるとは思ってもみなかった。

おそらく私がこうした立体の企画に取り組むようになったのは、小林健二との出会いがあったからではないだろうか。

彼は独学で美術を勉強し、科学、化学、水晶などの鉱物学、粘菌などの植物学、更には模型飛行機やラヂオなどにも関心を持ち、 その博学な知識と美術が融合し、私が今まで見たことがないような立体作品を次々に創作していった。

私にとってアートとは自由であっていいと教えてくれたのは小林健二であった。

もう一人、ファインアートではなく染色の世界から出てきた望月通陽がいる。
彼もまた独学で石膏ブロンズや蝋型立体からグラスアート、木彫、陶立体などなど多岐にわたって独自の世界を切り開いてきた。

彼もまたアートとは自由であっていいと私に教えてくれたのである。

おそらく二人とも正規の美術教育を経てこなかったことが、一つにこだわることのない自由な制作に向かわせたのだろう。

5年大阪の画廊に勤務し、10年父親の画廊で美術商としての経験を踏ませてもらった後、新たな美術商の道を求め独立して京橋でギャラリー椿を創業するに至ったのだが、 そのスタートにこの稀有な才能を持った二人のアーティストに出会ったのが、私に新たな目を開かせてくれることになったのである。
爾来36年になるが、今こうしてオブジェ展で多くの作家の立体作品を紹介できるのも、この二人との出会いがあったからこそである。

二人に続く自由な創作を続けるアーティストがわたしの周りに集まってくれた。

是非そうした私の思いを、この展覧会で感じ取っていただければ幸いである。








5月30日 浮世写真家鈴木喜千也

大学の後輩の浮写真家鈴木喜千也氏が文春砲に。
と言ってもスキャンダルでも事件でもなく、週刊文春の6月6日号にグラビア4ページで彼の写真作品6点が紹介されることになった。

偶々、私の所属するロータリークラブでも来週月曜日の例会にて卓話を鈴木氏にお願いをしていた。

彼は東海道五十三次で知られる歌川広重のもう一つの代表作「名所江戸百景」をもとに、同じ場所で同じ構図の写真を撮り、元絵の浮世絵をコラージュした写真作品を制作している。

クラブでは週報という機関誌を毎週発行していて、7月からの新しい年度の表紙絵の担当者から相談を受け、それではと彼を推薦させてもらい、 私どものクラブのテリトリーである新宿西北エリアにちなんだ作品を選び、更にその中から春夏秋冬の4作品を季節毎に掲載をすることになった。

そこで、例会で紹介を兼ねて彼に話をしてもらおうとお願いをした次第である。
そこに文春砲ときたので、実にタイミングがいい。

会員たちも熱心に聞いてくれることだろう。


5月28日 平成から令和へ

月刊美術6月号の巻頭特集で編集部が対談形式で平成から令和の30年間を振り返り、この間の美術界の出来事を総括している。

この30年バブル隆盛期からバブル崩壊へ、美術市場も長い低迷期に入り、その間価値観も多様化するとともにSNSの登場により美術の販売媒体も大きく変化していった。

編集部は百貨店、プライマリーギャラリー、オークション、アートフェア、コレクターなど各視点でアートシーンの変遷を的確に捉え、令和の時代の新たな方向性を探っていて、大変興味深く読ませていただいた。

記事の中でギャラリー椿、鈴木亘彦、中村萌にも触れていただいていて、大変ありがたい事と感謝するとともに、編集部の見方におおいに共感するところがあり、多くの方に読んでいただけたらと思っている。

同様に美術誌のアートコレクターの特集「色彩の魔術師たち」でも鈴木亘彦と服部知佳が紹介されていて、ここ最近雑誌に私どもの作家が取り上げられる機会が増えてきた。

河原朝生、小林裕児、室越健美、舟山一男といったキャリアのある作家たちも美術雑誌で取り上げられることになっていて、若手に目が向く昨今、 こうしたベテラン作家に視点を当てていただけることはこれまた大変ありがたいことと喜んでいる。


5月24日A 木村繁之展 印象記

同じく紋谷幹男氏が木村繁之展も印象記で紹介していただいた。

展覧会タイトルは、ー木彫ー。

美術家が何かを表現したいとき、
その手段として、平面か立体を選び、
表現したい内容を、
平面か立体に置き換えます。

それはどのように選ばれるのだろうか、
という素朴な疑問が時々湧いてきます。

なぜこのようなことを書いたか。
それは、展示されている、人体がモチーフの立体作品に、
絵画的な雰囲気を感じたからです。
彫刻は空間に置かれた実態ですから、
まわりの空間へ、その影響を放射しますが、
これらの作品は内側へ内側へと引き込むようです。

作品が置かれた空間の深度が深まり、
観る人は、そこを彷徨い始める。

彫刻家は作品を取り巻く空気と時間の流れも、
作品の要素となることを意識しながら、
何かをなぞったかなのように「木彫」を造っている。
そんな印象でした。




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 画廊めぐりノート


5月24日@ 大島康幸展 印象記

紋谷幹男氏が展覧会印象記で大島康幸展を紹介してくださった。

展覧会タイトルは、
FAKE FUR 2019ーKing's Banquet−

動物がモチーフの彩色木彫。
ほぼ原寸大で写実的に表現されていますが、
頭部以外は中身が抜かれた毛皮だけの敷物状態になっていて、
椅子や壁に掛けられたり、
床に畳まれています。

彼らは死んでいなくて、
何かの拍子でこうなってしまったものの、
さほど悲観している風でもなく、
この状態もありかな、少し不便だけど・・・
的な、日常性が漂うあたりが、
※カフカが描き出すグレゴール・ザムザが想起されます。
奇妙でもあり、
作家の特異な感性と、
それに応える技量を実感させられます。
それは、「感じ」を一気に既成事実に変容させてしまう
彫刻の実態力でもあります。

アートを手段とする、作家の力技があれば、
困惑は、心地良いレベルに昇華する。
そんな印象でした。





5月22日 雑誌掲載

月刊美術の6月号に中村萌が「現代日本の作家達 アトリエ写真」というコーナーで紹介された。
彼女のアトリエは共同アトリエで、数人の立体作家さんとともに制作をしている。
8月の個展に向けて鋭意制作中で、制作途中の作品も写っている。


同じく月刊美術 「注目度急上昇の受賞作家」で高橋舞子が紹介されている。
こちらは編集部一押し作家ということで、誌上頒布作品も掲載されている。


また秋に個展予定の小林健二は一般誌「2nd」で久し振りに紹介された。
久しぶりというのは以前は枚挙にいとまがないほど美術雑誌だけではなく、多くの雑誌に紹介されていて、展覧会には多くの小林ファンが訪ねてきたものである。

うちでの個展が長くされなかったこともあって、そうした掲載も少なくなっていたが、これをきっかけに紹介の頻度が高まるといいのだが。


5月20日 卓話

今夜はロータリークラブの仲間達の集まりで、何か話をしろという幹事からの命令が下った。

ちょうどクラブの昼の例会の講演で、会員の一人でノーベル賞候補にも上がったK氏が、「メタノール水溶液水素発生装置とその実用化」と題してとても難しい話をされた後だけに、 アカデミックな話をしなくてはいけないのだが、幹事から美術の金にまつわる話をせいということで、爪を隠しつつ、そんな類の話をさせてもらった。

世界の美術市場と日本の美術市場の現在、日本の文化行政とそれに付随する税の話などを数字をあげながら話をした。

大企業の元会長や社長、東大名誉教授や有名建築家などもいて、その前で知ったような話をして馬脚をあらわさないかヒヤヒヤしたが、なんとか無事話を終えることができた。

幹事の思惑通り、お金にまつわる話だとみんな興味深く聞いてくれたようだ。

来週は昼の例会でオープン例会と銘打ち、多くのビジターを招き、ロータリークラブの活動を知ってもらい、あわよくば会員になってもらおうという目論見である。

私も友人知人三名 をタダ飯と講演を聞くことができるからと誘っている。

講演はテレビのコメンテーターでも知られるキャノングローバル戦略研究所研究主幹である宮家邦彦氏に「東アジア世界の現在と未来」と題してお話をしていただくことになっている。

乞うご期待である。

5月19日 近江楽堂

知人のギタリスト佐藤達夫氏の招待で、オペラシティにある近江楽堂のコンサートに行ってきた。
佐藤氏の息子さんが美術家としてスタートすることになり、その披露も兼ねてのミニ演奏会である。
友人のフルート奏者との競演もあって、午後の癒しのひと時を堪能させてもらった。

コンサートホールを囲む息子さんの作品もプリミティブで素敵な作品で、コンサート会場に実にマッチをしていた。

このコンサート会場の近江楽堂は、私が大変お世話になった寺田コレクションの寺田小太郎氏がオーナーで、オペラシティミュージアムに2500点を超える美術品を寄贈した寺田氏だが、 東京フィルハーモニー交響楽団のスポンサーでもあって、国立劇場オペラハウス、オペラシティコンサートホールができるに際し、古楽器を志す演奏家のための小ホールをご自分で作られた。

残念ながら、昨年暮れに92歳で亡くなられたが、氏の思い出が残るこのホールでの演奏は格別の響きがあるように思えてならなかった。


5月18日 木村繁之展紹介

画家仲間で山仲間でもある柄澤齊氏が木村展をFBで紹介していただいた。

木村繁之個展《木彫》を観る。

仏として造られてはいないが、念侍仏を思わせる木像の小さなたたずまいは、地上の役目を終えたものの閑かな時間と音をまとっている。

何体か、特別に手に取らせてもらうと驚くほど軽い。

求める人の手に渡り、日々少しずつ、気づかれないほどの重さを蓄えていくのだろうと思い、骨のように、しだいに軽さを増していくのかもしれないとも想う。

触れる手を待っているが、その手は独りの手でなければならない。

そんなひそやかな造形を自分でも試みてみたいと思いながら作者と山での再会を約し、都心の喧騒へ出た。

25日まで。
11:00〜18:30(日祝休廊)

GALLERY TSUBAKI / GT2
中央区京橋 3-3-10
www.gallery-tsubaki.net


5月17日 新緑

寒かったり、暑かったりの不順な天候もどうやら落ち着き、風薫る新緑の美しい季節となってきた。
画廊の奥のスペースの木村繁之展では通りに面した壁を外し、通りにある木々の緑が窓越しに見え、作品と合わせて来場者の目を楽しませてくれる。
桂の木の緑が目に眩しいほどである。

中央通りも街路樹として新たに桂の木が植えられた。
銀座の柳ではなく、銀座の桂が代名詞になる日も近い。

窓からは桂と一緒に山桜の木も植えられている。
まだ幹が細いが3月になると早咲きの桜の花が咲き、春の訪れを知らせてくれる。

表玄関の斜め前にも小公園があり、ここも都会では珍しいミヤコワスレ、なでしこ、紫蘭、ホタルブクロといった山野草が植えられ、可憐な花を咲かせている。

大都会の真ん中にこうした木々や花が植えられ、一服の清涼剤となっていて、街の緑化の恩恵を私のところは存分に享受させてもらっている。



5月15日 オークション

台北の6月のオークションに中村萌の作品がいくつも出品される。
市場評価されるのは嬉しいが、購入されてすぐに出品されるのは困ったものだ。
この一月の台北のフェアーでどうしても欲しいと言われて、その熱意にほだされて買っていただいた作品をオークションカタログで見たときはかなりのショックであった。
カタログの締め切りがあるから、買われて2、3ヶ月後には売りに出したことになる。
しばらく楽しんいただいて事情があって手放されるのは仕方がないが、あっという間に売りに出してしまうとは、それも購入価格の何倍かの価格で。
本当に欲しい人に作品が渡らず、転売目的の人に作品が渡るのは複雑な思いである。
今度の個展では対策を考えなくてはいけない。




5月9日A 木村繁之展

木版、テラコッタと多様な表現をしてきた木村が今回は木彫作品を並べる。
木版同様に儚げで優しさを秘めた木彫は、まるで教会の聖者達が並んでいるようで、凛とした雰囲気を醸し出している。

ダイナミックな大島の木彫と木村の繊細な木彫との対比を見ていただくのも一興である。




5月9日@ 大島康幸展

二つの木彫展が今週土曜日から始まります。

大島康幸展
FAKE FUR 2019-Kong's Banquet

巨大なワニが床に横たわり、壁には虎や蛇が、椅子には黒豹や猫たちが。
どれもモノクロームで彩られ、抜け殻のように弱々しく垂れ下がり、しかし眼光は鋭く、獲物を見据える。






5月7日 令和元年

長い連休も終わり今日から仕事。

連休中は友人たちとゴルフ、孫とサファリパーク、家内と安曇野の友人宅とチューリップ公園へ、あとは温泉でのんびり過ごさせてもらった。

大学の友人たちに長い連休だというと、我々は365連休だとかえってきた。
大変だが仕事があることに感謝である。

テレビも連日令和一色で、正月が二度来たように盛り上がっている。
他の国にはない(中国など東アジアでは昔使われていた国もあるが)日本独自の制度で、天皇の交代の時に新たな元号が制定されるわけで、 私は気持ちを新たにする意味でもとてもいい制度のように思う。

今までは天皇の崩御に伴い元号が変わるので、今回のようなお祭り騒ぎは近世に入って初めてのことではないだろうか。
平成の時はしばらくは喪に服するために歌舞音曲の類は自粛し、テレビは広告を控えめに、色々のおめでたい行事も中止になったことを覚えている。

私もこの時と今回と二度改元を経験することになったが、昭和は一番長い元号ではなかっただろうか。
その長い間に日本は忌まわしい太平洋戦争と敗戦を経験したが、私は幸い敗戦の翌年に生まれたので、悲惨な記憶はあまりなく、戦後の高度成長と平和な時代を過ごさせてもらった。

平成に入ると一転して、バブル崩壊、リーマンショックにより、経済は停滞し、地震、大雨、洪水と自然災害が日本列島を襲い 、 少子化による保険制度の見直しなど苦難な時代を経験することになった。

美術市場も昭和の好景気を謳歌した時代から平成に入ると大きく様変わりし、美術の価値観の多様化と共に長い不況の時代に突入し、現在に至るわけである。

そういう意味でも令和という新しい時代を迎えたことで、希望に満ちた明るい時代になること期待する。

私の年では次の元号を迎えることは余程のことがない限りないだろうが、晩年を締めくくる良き時代を過ごすことができたらと思っている。




5月1日 令和元年

昨日天皇陛下が退位され、今日のこの日新天皇が誕生した。
平成時代が終わり、令和元年となった記念すべき日となった。

昭和天皇が崩御された平成元年に父親も亡くなり、忘れられない年となったが、そこから31年を経過したことになる。
画廊も振り返るとバブル崩壊後の美術不況がつづき、この間、オークション会社の社長を勤めたり、立ち退きによる画廊移転、海外美術市場への進出、 ネット社会によるグローバル化、それに伴う価値観の多様化などなど昭和では思ってもみなかった展開となった。

決っして平坦な道ではなかったが、苦難の時に不思議とそれを乗り越えるチャンスが巡ってきて、この31年を無事過ごすことができた。

何より嬉しかったのは、私が古希を迎えた時に関わってきた作家たち90名が協力して、私のために記念展を開いてくれたことである。

作家と共に歩むをモットーにやってきただけに、それが報われ、こんな嬉しいことはなかった。

令和の新時代を迎え、来年には東京オリンピック・パラリンピックが開催され、不況、自然災害が続いた平成時代と違い、明るく希望に満ちた年になるような気がする。

美術業界にも長かった冬を乗り越え、春の新風が吹いてくれることを願っている。

4月27日 立体展

今日で月並みにいうと平成最後の展覧会の最終日。
明日からは私どもも9日間のお休みをいただく。

開けて令和元年、すぐに木村繁之、大島康之がそれぞれのスペースで木彫を発表する。
今回の塩澤展も陶による立体展だったが、更に6月にも私どもの作家を含めた多くの作家とコレクターコレクションによるオブジェ展を予定していて、立体の発表が続く。

先日の朝日新聞のチャリティー展も立体アート展だったし、先日覗いた文化村ギャラリーでも立体作品が多数売れていて、世間は立体アートに目が向くようになったのだろう。

事実、塩澤展も恐竜作品は完売に近く、若干地味目の昆虫作品や動物作品も売れていて、予想を超える結果となっている。
私どももそうした流れを意識したわけではないが、立体展が確かに多くなってきた。

連休明けの立体展を楽しみにしていただきたい。


4月26日 釜山アートフェアBAMA

昨日から韓国釜山でアートフェアが開催され、私どもも参加をしている。
このフェアは釜山画廊協会が主催するフェアで、BAMAと称して昨年から開催されるようになった。
以前から参加しているアート釜山とは別のフェアで、同じエリアで競合する形になっている。

このように韓国ではアートフェアが盛んに行われていて、というより多すぎで韓国各都市で年に50くらいのアートフェアが開催される。

これでは幾ら何でもお客様も食傷気味で、フェアへの関心も薄くなるのではと心配してしまう。
事実私は他にテグのフェアやホテルフェアにも熱心な誘いもあって参加していたが、年々来場者は少なくなり、色々とサービスはしてくれるのだが、 ビジネスチャンスも少なく、ここ数年は参加を見合わせている。

今回の釜山のフェアも昨年の様子からすると、大した期待は持てないのだが、お付き合いもあって参加をすることにした。

韓国出身で日本のある会社の社長さんと結婚して長く日本にいて、韓国のフェアでいつも手伝いをしてくれる崔さんが釜山に行ってくれるのと、 リユンボク君をはじめ韓国のうちと関わりのある作家さんが手伝ってくれるということで、画廊からは誰も行かずに作品だけを送ることにした。

さてどんな結果になるか、報告を待つことにする。


4月25日 中村萌

送られてきた連休に開かれるオークションリストを見ていたら、中村萌のフィギュアが出品されているではないか。

ネットオークションや海外のオークションでは頻繁に見かけるが、日本のオークションに出るのは私の知る限り初めてではないだろうか。

昨年秋に台湾のトイフェアで15万円で発表したフィギュア作品なのだが、落札予想価格が50万から60万となっている。

ネットオークションではすでに100万ほどになっているので、その数字に驚くことはないが、やはり複雑な思いにさせられる。

本当に欲しい人の手に渡らず、転売目的の人に作品が渡ってしまうのがなんともやりきれない。

ついこの前は、彼女のサイン入りのポストカードがオークションに20万で出てたのには呆れた。

フェアでポストカードを一枚100円で買っていただいた方にサインをして渡すことがあるが、それが売られてしまうのだからたまらない。

タレントやスポーツ選手のサイン入りグッズがネットで高く売られているのはよく目にするが、まさか中村萌のポストカードがそんなことになるとは。

予定している彼女の個展が多少延期になるが、その折に転売を目的とした人に渡らないようにするために色々と策を講じなくてはいけない。

それから展覧会の折に知らない人から頼まれても、むやみにサインをしないように気をつけなくてはいけない。
奈良美智などは絶対にサインをしないそうだ。

現在個展の準備に追われているが、秋には台北でのフィギュアショーとアートフェア、冬にはこれも台北の崋山という若者に人気の文化エリアがあるが、 そこの大きな展示場で大規模な個展の予定とスケジュールが目白押しである。

ただ崋山では台北のお客様からお借りした作品でやることになっているので、ここでは新作を作ることはないのだが。

他にも日本や台湾の美術雑誌で特集が組まれる事になっていて、そのインタビューなどで制作以外にも中村萌は忙しい毎日を送っている。

そんな忙しく一生懸命制作をしている彼女をブローカーまがいの人たちから私たちは守らなくてはいけない。

4月23日 オークション

韓国に行ってる間にオークションが開かれた。

以前に私どもで売却した山本麻友香の大作2点と門倉直子の大作1点が出品された。
どれも代表作と言っていい作品で、手放されたのは誠に残念だが、是非私どもの手元に戻したいと思った。

他にも多数若手作家の作品が出品されていたが、どうやら同じコレクターからの出品のようである。

出品されることを全く気がつかなかったのだが、偶々オークション会社のFBに下見会場の写真が出ていて、ちらっとだけ山本麻友香の作品が写っているのを見つけた。
ジュエリーやガンダーラ美術が多数出品されているオークションカタログだったので、ちらっとしか見ていず、FBが私を呼んでくれたのかもしれない。

翌日から韓国に行く予定になっていたのだが、偶々FBで見つけたその日に作品の下見ができることがわかり、慌てて下見会場に駆けつけた。

久しぶりに二人の作品に対面である。
他にも別の作家の作品に目が留まり、合わせて数点の希望価格を入札表に書き込み、当日はスタッフが電話で対応してもらうことにして、韓国に出発した。

結果は山本の作品1点と別の作家の作品1点が落札されたとの報告を受けた。

落札できなかった山本の作品は2メートル近い作品で、大きすぎて誰も落とさないだろうと高をくくり、安めに指値したのが失敗であった。

わずかワンビットの違いだっただけに、逃がした魚は大きい。
私が直接会場で競りに参加していたらと悔やまれるが、こればかりは致し方ない。

まあ日本で山本の大きい作品が売れたと思って良しとしよう。
いや待てよ、海外からの落札だったかもしれない。
オークションに作品が出て困るのは、誰に作品が渡ったかわからないことである。

回顧展や画集を作る際に作品の行方が分からないのは、作家や画廊にとっては何とも歯がゆい思いがする。
オークション会社が売り先を教えてくれればいいのだが、守秘義務があってそうもいかない。

また出会う機会もあるかもしれないので、その時を待つことにしよう。


4月21日 Choice Art

前日のテヒョクさんのレセプション以外は今回は予定がなかったのだが、昼は昨日レセプションにみえたSPギャラリーの招待で素敵なイタリアンレストランで昼食をご一緒させていただいた。

SPさんもテヒョクさんの作品には興味があり、シカゴのフェアに出品したい意向を持っているのだが、 厄介なことに朝鮮日報との契約で、向こう3年は他所で発表をしてはいけないということになっていて、彼も悩むところである。
ソウルでの発表はそういう契約なら仕方ないが、海外での発表ならいいと思うのだが。

終えて、これも昨日のパーティーと二次会に来ていたchoice artのオーナーのソフィアさんの招きで昨年オープンした画廊を訪ねることにした。

泊まっているホテルまでSPさんに送ってもらい、ホテルにはソフィさんが向かえにきてくれることになっていたのだが、ホテルの前の大通りが大変なことになっていた。

保守系の人たちの大規模な反政府デモに遭遇してしまった。

機動隊の数も物凄い。 というわけで両方の車がホテルにたどり着けず、途中で降りて、またデモの影響のないところまで歩いて向かうことになった。

何とかソフィアさんの画廊に到着。
美人でノーブルなソフィアさんに相応しい瀟洒な画廊で、入口の両脇には桜と紅葉の木が植えられている。

彼女は15年アメリカにいてアートを勉強し、昨年画廊をオープンしたばかりだが、画廊では今韓国メディアで注目のキムジヒの個展が開催された。
この画廊の雰囲気にぴったりの作家で、韓国だけでなく、台湾や香港でも話題になりそうなアーティストである。

夜は初めてお会いしたにもかかわらず、美味しいお肉をご馳走になり、その後もグランドハイアットホテルでお茶をご一緒させていただいた。

よく日本には来るというが、あまりにセレブすぎて、日本に来られた時に安い寿司屋や天ぷら屋にお連れするのが気がひけるのだが。



4月20日

ホテル近くの徳寿宮を散策。
初めて韓国で開かれたアートフェアに招待された折の開催場所が確かここだった。

仮説のテント小屋のようなところだった記憶があるが、当時は初めて訪れた韓国で周りの景色も見る余裕がなかったのか、はっきりとは覚えていないが。

宮殿の目の前にソウル市庁舎があるが、市庁舎の奇抜なデザインが何ともそぐわない。
横に立つ石造りの旧市庁舎の方がよほどいいように思うのだが。

京都駅の軍艦のような建物も同じである。
古都にはふさわしくない何とも奇抜なデザインにはがっかりさせられる。

昼からはお世話になっているSPギャラリーのオーナーと食事をして帰ろうとすると、ホテルの前の大きな通りが騒然としている。

物凄い数のデモ隊が韓国国旗を掲げて行進をしている。
それに対して機動隊なのだろうか、大勢の隊員がデモ隊と小競り合いをしたり、規制された道路からデモ隊が広がらないように列をなしている。

どうやら現政権に対する抗議デモで、拘置されている元パク大統領の写真も掲げられ、釈放を要求しているようだ。

この行進に阻まれ、昨日初めて展覧会場でお会いして、私を画廊に案内してくれることになっているオーナーのチョイさんも車がホテルに向かえない。
行進を避けて歩いてチョイさんの車に向かい、何とか画廊にたどり着くことができた。

韓国では何度かこうした規模の大きいデモに出会うことがある。
以前にもデモのために道路が封鎖され、約束の時間に2時間も遅れてしまったことがあった。

現政権も北朝鮮への対応や景気後退、そして繰り返される前政権や財閥系への圧力に対する保守派の不平不満がたまっているのだろう。




4月19日 キム・テヒョク個展

早朝の飛行機でソウルへ。

今日から朝鮮日報本社にあるギャラリーで私どもがアートフェアで紹介しているキム・テヒョクの展覧会が始まった。

広い会場に白と黒の世界が広がる。
テグスを縦横に張り巡らせ、そのテグスに絵の具を引っ掛けるような彼独特の技法で制作している。

今までは点の作品が多かったが、今回は新たにテグス全体に絵の具を重ねる面の作品を発表した。

東京芸大大学院で野田哲也氏のもとで版画を学び、卒業後芸大で助手を務めた後、韓国ではこうした技法で制作を続けている。

会場には私どもで3年ほどアルバイトをしてくれたキム・ソヒや長年お世話になっているSPギャラリーのオーナーをはじめ多くの人が詰めかけた。

レセプション終えて、二次会ではサムギョプル(豚カルビ)で大いに盛り上がった。




4月18日 「心の力」

高校までは凝念というのを朝の授業前にやらされていた。

坐禅のように足は組まないが椅子に座って指を組み少しの間瞑想をするのだが、学生時代は面倒くせーと思っていた。

それでも習い性というのはすごいもので、大学受験の折に、クラスメート何人かとと一緒にテスト受けたのだが、答案用紙が配られる前の緊張の時間に私は自然に凝念をして心を落ち着かせていた。
すると他のクラスメートもごく自然に凝念をしたという。

私はそこの小学校には行ってないが、息子は小学校から通っていて、この凝念をやらされた。
その時先生は創設者が作った「心の力」という文章を唱和するのである。

卒業生は多かれ少なかれその影響を受け、人生の指針とした。

私は年月が経ちすっかり忘れていたのだが、大先輩の刑法学者で、元早稲田大学総長のN先生が中国学会から表彰される式に招待された折に、 早稲田精神以上にに培われたのが、小学校の時から唱和した「心の力」であると挨拶の中で語られた。

そのことが心に残り、机の奥にしまってあった「心の力」の小冊子を取り出し、読んでみることにした。
当時は難しすぎてお経のようにただ唱えるだけであったが、この年になって読んでみるとなるほどと心に響き、澄んだ心持ちになるのである。

一節を紹介させていただく。

天高うして日月懸り、地厚うして山河横たわる。
日月の精、山河の霊、鍾(あつ)まりて我が心に在り、高き天と、厚き地と、人と對して三(みつ)となる。
人無くして夫れなんの天ぞ、人無くして夫れ何の地ぞ。

中略

見よ、雲に色あり、花に香あり、聞け、風に音あり、鳥に聲あり。
この中に生を託したる、我人にこの心あり。

後略

こうした文章が六節まで続くのだが、今はこれをカバンに忍ばせ、時間ある時に唱えることにしていると妙にに心が落ち着くのである。

4月17日 超我の精神

昨日は版画組合のオークション。

年に2回ビジター画廊を招いての大きな会である。

組合系のオークションは公開オークションの影響で、出来高は以前に比べ厳しくなっているが、 反面そうした場での情報交換や業者の連帯感というのは公開オークションでは叶わないことである。

しかしながら、そうした業界人としての結びつきを面倒がる人や敷居が高いと敬遠する人も多く、組合員数は伸び悩んでいる。

これは私が入っているロータリークラブでもそうで、私が入った当時は150名の会員がいたが、今では半数以下になってしまった。

私がこういうところに入っているのも、個人ではできないことが、価値観を共有した人の集まりに入ったからこそ達成可能なのだと思っているからである。

ある程度の年齢になると、自分のためではなく、業界のため、社会のために何かできないかと考えるようになる。

言ってみれば、超我の精神である。

自分を育ててくれた業界や社会に恩返しをしたいと思うようになる。

先日も高校のクラス会や、大学の卒業50年の集まりがあったが、そこで感じたのはこの学校に入って本当によかったと思うことである。

肩を組み校歌を歌い、昔話に花を咲かせることで、私が育った青春を悔い無く過ごせたことに感謝をするのである。

校歌というのは、テレビでラマルセイユに由来すると言っていたが、フランス革命の達成感とは少し違うが、確かに母校への愛着心を掻き立てられる。

校歌を高らかに歌い上げることで、一緒に学んだ友人たちとの絆を今一度思い起こさせてくれる。

娘の高校で、卒業式に国歌斉唱の時に起立していた教師の何人かが着席をしてしまったのをみて愕然とした。

母校愛同様に日本人であることの誇りを植え付けなくてはいけない教師が、そうした行動をとることに怒りさえ覚えた。

それぞれに思想や心情はあるだろうが、それを教育の場に持ち込み、戦前教育の歪みをそうした行動で示すことに、この人たちは自分のことだけを考え、 生徒や学校のことに深い思いを至していないのだと思わざるを得なかった。

超我の精神を今一度思い出してもらいたいものである。

4月14日 クラス会

毎年恒例の高校のクラス会が開かれた。

担任のH先生も出席予定だったが、高齢とあって今回は出席を見合わせた。

御歳93歳でまだまだお元気なのだが、遠くに出かけるのは難しくなってきたようだ。

先生はアマチュアの碁の世界では超有名な方で、日本選手権を何度も制していて、驚くのは80歳を超えてからも日本一の偉業に輝き、日本代表で世界選手権にも出場している。

スポーツの世界もそうだが、将棋や碁も若手が台頭し、トップクラスには10代20代がひしめいている中でこの歳で第一線で活躍しているのは驚くばかりである。

その碁も競技は今年から退くことにしたそうで、後はお弟子さんたちに碁の指導をしていくそうだ。

それにひきかえである。

クラス会が終わりに近づく頃に一人がろれつが回らなくなり、よだれ、鼻水を垂れ流していて、 もしや脳梗塞ではと心配したが、救急車は嫌だというので、仕方がないのでタクシーに押し込んで家に帰らせることにした。
そこにもう一人酔っ払ったわけでもないのに、歩くのがままならないのが出てきて、、これも担いで駅まで行き、なんとか電車に乗せることができた。

他にも膝に人工関節を入れたのがいたり、前立腺だ、肺気腫だと病人ばかりである。

40数名のクラスですでに10名が亡くなっていることもあって、その予備軍がまだまだいるのが心配である。

来年は養護施設でクラス会をやらなくてはいけないかも。

元気なのは先生だけだ。

4月13日 アートフェア

今日はようやく春らしい陽気になった。

展覧会も初日ということもあり、昼からはたくさんの人がやってくる。

以前にアートフェア東京で購入してくださった方が塩澤作品を購入された。

先のホテルアートフェアや朝日新聞のチャリティーもそうだったが、全て私どもにお見えになっているお客様が購入してくださっていて、 そうしたイベント会場での新しい出会いが後につながることが少ないといつも思っていた。

ただ、私どものお客様でもそうした場での高揚感というか、画廊では買わない作品をお客様がその場の雰囲気で買われる効果はあるかもしれないが、 日本のフェアに長年出てきた経験でいうと、新たな出会いがあっても後につながるケースはまずなかった。

海外だと、特に台湾の客様はフットワークがいいのか、フェアで買っていただいたお客様の多くが画廊に訪ねてきて、新たに作品を購入していただくケースも多い。

それだけに今回のお客様が再び訪れて買っていただいたのは、ことの外嬉しい。

よく考えると、フェアで出会うお客様はそういう場は行きやすいが、画廊には行きづらいということなのだろう。

その辺が私どもの課題で、もっと気楽に画廊に来てもらう算段をしなくてはいけない。
そうすればフェアに出るメリットも増えるのだろうが。

難しいところである。

4月12日A 服部知佳個展

同じく服部知佳展も始まる。

黒と白の微妙な色彩が織りなすファンタジックな世界。
加えて、春爛漫を思わせるピンクの艶やかな色の乱舞。

どの作品も透き通るように美しい。
薄く塗り重ね、薄く拭き落とす、その重なりでかくも美しい色彩が生まれる。

私的には曽谷朝絵、伊庭靖子、掘込幸枝に加え、服部知佳が現在の作家たちの中でひときわ抜きん出た色彩表現者だと思っている。



4月12日 塩澤宏信展

明日より塩澤宏信個展がGT2にて始まる。

微細な部分まで一つ一つ焼き上げ、それらを組み合わせて作り上げていく。
出来上がった造形は恐竜やや昆虫、それに組み込まれるのが旧式のオートバイや自動車、双発式飛行機と全てが子供達がワクワクするものばかりである。

作者のコメントがあるので紹介させていただく。

妄想内燃機工匠/巨視的試作研究室 コメント

無機物である「内燃機関」と有機物である「生物」という、かけ離れた佇まいの存在を、一つの装置として具現化する。
そのような妄想に取り憑かれた試みが「妄想内燃機工匠」である。
無機物と有機物という相反する要素を、有り得ない存在に複合する為には、それぞれの仕組みや形態をよく見なければならない。
「よく見る」とは、細部を見落とさず、また細部に囚われて全体を見失わない程度に巨視的に見ることである。 そして無機物と有機物そしてそれぞれがそこに存在するゆえの普遍性を見いだす為の作業である。
作ることは、そこから導き出されたかたちを探る行為である。




4月11日 消費税

明日は高校の仲間とのゴルフコンペが河口湖で予定されていたが、10日の季節外れの雪でゴルフ場がクローズとなり、やむなく中止。

ゴルフ仲間からは雨男で知られているが、まさか4月の桜も散り始めたこの時期に雪とはと、友人たちはあきれ果てていた。

日記も日常のことを書くことが多くなり、アートに関連した話題がないのは、やはり暇な証拠である。

そこでちょっと硬くなるが、10月から実施される消費税について触れてみたい。

美術品も例外とはならず10%が課税されることになる。
新聞や飲料食品のような軽減税率も適用されない。

フランスでは美術品に対し軽減税率が適用されているが、日本ではそうもいかないようだ。
消費税というからには、対象は消費されるものではなくてはならない。
では美術品が消費される消耗品かというとそうではない。
耐久消費財という長期にわたり使われ購入価格が高いものの分類にも入らない。

消費されない美術品に消費税をかけるには実際矛盾が生じる。
土地の譲渡や貸付には消費税はかからない。
それは土地が消耗しないからである。

では何故美術品が消費税対象になるかというと、国税が美術品を消耗品と見ているからである。
それならば、耐久消費財のように美術品も償却対象とならなくてはいけない。

小はパソコンから大は自動車、船舶などがあげられる。
よく金持ちが自家用ジェット機を持つが、それは償却が5年となっていて、大きな利益が出るときに節税になるからで、ただの見栄で買うわけではない。

というわけで、4年前に美術品も100万円までは8年で償却できる消費財とみなされ、法人では経費として計上できることになった。

以前は20万円までは経費とみなされたが、それでも美術年鑑に載っている作家はダメとか、わけがわからない決まりがあったことを考えると一歩前進したとは言える。

であっても、普通で考えれば100万円までの美術品は消費税をかけられるのは仕方がないが、それ以上は償却できないのだから、土地と同様に消費税の対象にならないというのが理屈ではないだろうか。

見方を変えてみる。
美術品の多くは年月を経ると購入価格より高くなることは少ない。
多くは価格からすれば目減りして行くことになる。
であれば、美術品も消耗していることになり、100万円なんてケチなことを言わず、上限なしでジェット機などと一緒に償却できるものとして経費扱いにすべきである。
そうであれば消費税がかかっても文句は言わないのだが。

耐久消費財なのか、消耗品なのか、土地のように永遠に消耗しないものなのか、この矛盾を税務当局がどう説明するのか聞いてみたいものである。

4月10日 眼医者

眼医者に行ってきた。
記憶では人生3回目の眼医者である。

今年に入ってから朝、外に出ると涙が止まらなくなり、昨夜は朝から晩まで涙と鼻水に悩まされた。
いよいよ花粉症デビューかと心配になり診てもらうことにした。

結果は花粉症ではなく炎症を起こしているとのことで一安心。
ただ歳なりに白内障が進んでいて、しばらく経過を見てさらに進むようなら手術をしたほうがいいと言われた。

耳もだんだん遠くなり、目も霞み、泌尿器科に行ったりと、じわじわと老人化が進んでいて、いよいよ脳の心配もしなくてはならなくなった。

4月9日 忘れ物

日曜日の全美連の会議での書類をどこかにおき忘れてきた。
全く気がつかなくて昨日の朝出かける時に気がついた。

画廊からメールが入り、拾ってくれた方がわざわざ調べて画廊の留守電にメッセージを入れてくれたそうだ。

自宅のある駅で拾ったが、急いでいたので隣の駅に届けてあるとのこと。
朝から出かける予定があり、改めて取りに行くことにしたが、送らなくてはいけない書類も入っていて一安心。

名前も連絡先もおっしゃらなかったそうでお礼も言えないが、わざわざ電話番号を調べて連絡をくださったようで、この日記を借りて御礼を申し上げる。

忘れ物は日常茶飯事で、携帯は首からぶら下げるように家内に言われている。

その携帯で大学のクラスメートが先日の二次会の最中にどこかに忘れたことに気付いた。
入学式後の懇親会会場、領収書でわかったタクシーに私の携帯から電話して探してもらったが見つからない。

ボケが進んだとか散々からかって、いざ帰る段になり駅の改札口で私も携帯がないのに気がついた。
どうやら宴席に忘れてきたようだ。
とてもみんなには言えないので、電話をするので先に帰ってと言って、大慌てで戻ると、テーブルの上にあるではないか。

こんな具合で、6月に予定している検査に脳検査もオプションで付け加えることにした。

4月8日

日曜日は逗子のお寺で昨日の日記で書いたようにお墓参り。

暖かくこちらではちょうど桜が満開。
毎年恒例の墓参りなのだが、こんなに桜が綺麗なのも初めて。
亡くなったA君も花見を楽しんでくれているだろうか。
みんなで昼食を終えてから旅行組は箱根へ。

私は全国美術商連合会の理事会が夕方からあるので新橋の美術倶楽部に向かう。
汐留のパナソニックミュージアムでちょうどギュスターヴ・モロー展が始まっているので、会議の前に見に行くことにした。

私は古典の宗教画や神話をテーマにした作品はあまり好きではないが、モローの代表作も来ているということで行ってみたが、やはり私の好みではなく、さっと見て出てきた。

全美連の会議は相変わらず美術品への税制改革への提言を進めるという話だったが、私は一度韓国や台湾での文化行政の視察に政治家やお役人を連れて行ったらどうだろうかという話をさせてもらった。

日本のあまりに貧困な文化行政のあり方を知ってもらうには、文化を産業と捉えるアジア諸国の現状を実際に見聞きすることで多少はお偉いさんたちの意識が変わってくるのではと思っているのだが。

さて、重い腰を上げてくれるだろうか。


4月7日

河原展終了。

今回の個展では新しいお客様といくつかのご縁があった。

その中できのう個展に合わせて、成田から直行してくださったお客様がいた。

若いお客様で、なんとキプロスから着いたばかりで、キプロスでファンドの会社を経営しているそうだ。
キプロス共和国は以前はタックスヘイブンの国で、ここを拠点に主にロシアを相手に企業活動をされているとのこと。

キプロス共和国が地中海に位置することは知っていたが、どのあたりにあるかは定かでなく、どんな国なのかも知る由もなく、ネットで調べてみた。

ギリシャとトルコに挟まれたエイのような形をした四国を小さくしたような島である。

こんなところで起業をした日本人がいたとは驚きであった。

キプロスはギリシャ系のキプロス共和国とトルコ系の北キプロス共和国に分かれその帰属を巡って紛争が続いている。
キプロス共和国はEUに加盟しているが、ギリシャの金融危機に連動し、金融破綻を招いたことがある。
小国にもかかわらず、高金利と低税率を実施することでロシアなど海外から多くの資金が集まることとなり、キプロスの金融機関が巨大になりすぎてしまった。

一方ギリシャ系住民が多数を占めることから、ギリシャ危機に連動することになり、EUに支援を求め、EUは支援を実施するとともに、 ペイオフにより預金者に預金カットの多大な負担をさせることで金融危機は回避された。
これによりキプロスの金融立国は終焉を迎えることになった。

そうしたことがあっても、お客様がそこで企業活動をするにはそれなりのメリットがあるのだろう。

お客様は以前から河原朝生の画集を持っていて、その作品に癒され、いずれは作品を持ちたいと思っていたそうで、今回の個展にギリギリ間に合い、念願が叶うこととなった。

是非会社がさらなる発展をして、河原コレクションの充実を図っていただけるとありがたいのだが。

4月5日 桜

桜も盛りを過ぎたようだが、束の間の美しさを目にとどめようと、駒場公園、千鳥ヶ淵に続き、今朝は代々木公園に行ってきた。

「散る桜残る桜も散る桜」、良寛さんが桜の儚さ、限られた命を歌った句だが、この歳になると、春を迎える一瞬がとても愛おしくなる。
後回しはやめようとその一刻一刻を目に焼き付け悔いがないように生きたいと思っている。

明日の日曜日は大学のヨット部のキャプテンで50歳で亡くなったA君のお墓に仲間と行ってくる。
毎年桜の季節に墓参りをし、その後仲間たちと一泊の旅行が恒例となっている。

同じ50の時に高校の親友、大学の親友を失った。
3人ともまだまだやりたいこと見たいことがたくさんあったと思う。
パッと咲きパッと散ってしまった三人のこと思うと無念でたまらない。

やりたい事、見たいことを後回しにしない、その時に思ったことである。



4月4日 コレクション

昨日は1月に亡くなられたT氏のお宅へお悔やみに伺った。

生前お世話になり、作品も多くコレクションしていただいた作家の鈴木亘彦と浅井飛人と共にお線香をあげさせていただいた。

お宅には生前と変わらぬコレクションの数々がそのまま展示されている。
同行した二人の作品も展示されていた。

3階建の広いお宅に立体を中心としたコレクションが飾られ、まるで美術館のようである。

特に多いのは小林健二、若林奮、加納光於の作品で、3人の代表作はほとんどT氏が持っている。

コレクションはかくあるべきという見本のようで、それに付随して私どもの作家をはじめとして多くの作品を収集された。

昨年末に亡くなられた寺田氏も難波田龍起・史男親子のコレクションを中心に若手作家を多くコレクションされた。

こうした特徴のあるコレクションだと美術館にとっては喉から手が出たくなるほどのコレクションである。

同じコレクションでも特徴がないと、コレクターの方が亡くなるとコレクションの行き場がなくなったり、市場で売却も難しくなる。

特定の作家だけではなく、今まで売却を依頼されたコレクションでも幻想美術を網羅してあったり、70年、80年代の抽象美術となると多くのコレクターや画廊関係者が関心を持ってみえてくださる。

一月前倒しして開催する恒例のギャラリー椿オークションにも別のお二人のコレクターの方のコレクションが多数出品される。

これも特徴のあるコレクションで、多くの方の関心をひくに違いない。

その前の6月にはオブジェ展の予定があり、そこにT氏コレクションも出品されることになっている。

ご期待いただきたい。

4月3日 スリ

朝の散歩で玉川上水を幡ヶ谷の方へ向かって歩いてきた。
ここも駒場公園と同じでほとんど人がいなくて絶好のお花見スポットである。

ここしばらく花冷えが続き、桜も今週末まではなんとか持ちそうな感じがする。
夕方に神田方面に集金があり、その帰りにでも千鳥ヶ淵にでも行ってみようと思ったが、集金のお金を持って人混みの中を歩くのは流石に危ないのでやめることにした。

私どもの上の画廊の社長が香港で携帯とアイパッドをなくしたそうだが、両方とも出てきたそうで、香港も昔とはだいぶ違うようだ。

私は以前に香港で財布を盗られたことがあった。
偶々大きなお金やパスポートなどは別の財布に分けて入れておいたので、米ドルで五万円くらいの被害ですんだが、韓国の通帳とキャッシュカードが一緒に入っていた。
そこには韓国で集金した大きなお金が入っていて慌てた。

警察に行くと香港では多分出てこないだろうと言われ、その後に韓国語のメモが入った財布が見つかったと言ってくれたが、それは違う財布でお金やカードは全て抜き取られていた。

偶々運良く扱い作家で韓国の彫刻家が香港に来ていたのである。
画廊から彼に連絡を取ってもらって、彼から韓国の銀行に引き出されるのを防ぐように頼んでくれてことなきを得た。

香港のスリが韓国まで行くことはないだろうが、仲間が韓国にいる可能性もあるのではと、その時はかなりパニックになったが、まぁ運が良かった。

海外での失敗は数え切れないが、 実害があったのはこのときくらいで、忘れ物や落し物も今の所戻ってきていてまずは安心なのだが、寄る年波油断は禁物である。

4月1日 入学式

今日は母校の大学の入学式。
卒業50年を迎えた私たちは恒例により入学式に招待されることになっていて、クラスメートとともに参加した。
新入生6000名余、卒業生1700名、他に大学関係者、父兄が参加しての盛大な入学式であった。

今日この日の入学生は、平成生まれで平成最後の学生ということになるわけで、令和の新しい時代を担い、新しい時代を築いていくことになる。
希望を持って大学で勉学に励み、クラブ活動を楽しんでいただきたい。

私達の時代は70年安保の真っ最中で、卒業式も危ぶまれ、バリケードや立て看板のある騒然とした中での卒業式であった。
それだけに令和の年にふさわしい穏やかで清新な中での式はひときわ感慨深いものがあった。

久しぶりに校歌を合唱し、応援歌を肩を組んで歌った時は胸にグッと迫るものがあった。
叶うのであれば今一度あの時に戻れたらとそんな思いに浸った。

二次会はクラスメートの一人が旭日双光章を受章したこともあって、そのお祝いを兼ねての会となった。
もう次はないと思うが、仲間達とできうれば25年後の入学式にまた参加しようということで散会となった。



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