ギャラリー日記

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4月19日 キム・テヒョク個展

早朝の飛行機でソウルへ。

今日から朝鮮日報本社にあるギャラリーで私どもがアートフェアで紹介しているキム・テヒョクの展覧会が始まった。

広い会場に白と黒の世界が広がる。
テグスを縦横に張り巡らせ、そのテグスに絵の具を引っ掛けるような彼独特の技法で制作している。

今までは点の作品が多かったが、今回は新たにテグス全体に絵の具を重ねる面の作品を発表した。

東京芸大大学院で野田哲也氏のもとで版画を学び、卒業後芸大で助手を務めた後、韓国ではこうした技法で制作を続けている。

会場には私どもで3年ほどアルバイトをしてくれたキム・ソヒや長年お世話になっているSPギャラリーのオーナーをはじめ多くの人が詰めかけた。

レセプション終えて、二次会ではサムギョプル(豚カルビ)で大いに盛り上がった。




4月18日 「心の力」

高校までは凝念というのを朝の授業前にやらされていた。

坐禅のように足は組まないが椅子に座って指を組み少しの間瞑想をするのだが、学生時代は面倒くせーと思っていた。

それでも習い性というのはすごいもので、大学受験の折に、クラスメート何人かとと一緒にテスト受けたのだが、答案用紙が配られる前の緊張の時間に私は自然に凝念をして心を落ち着かせていた。
すると他のクラスメートもごく自然に凝念をしたという。

私はそこの小学校には行ってないが、息子は小学校から通っていて、この凝念をやらされた。
その時先生は創設者が作った「心の力」という文章を唱和するのである。

卒業生は多かれ少なかれその影響を受け、人生の指針とした。

私は年月が経ちすっかり忘れていたのだが、大先輩の刑法学者で、元早稲田大学総長のN先生が中国学会から表彰される式に招待された折に、 早稲田精神以上にに培われたのが、小学校の時から唱和した「心の力」であると挨拶の中で語られた。

そのことが心に残り、机の奥にしまってあった「心の力」の小冊子を取り出し、読んでみることにした。
当時は難しすぎてお経のようにただ唱えるだけであったが、この年になって読んでみるとなるほどと心に響き、澄んだ心持ちになるのである。

一節を紹介させていただく。

天高うして日月懸り、地厚うして山河横たわる。
日月の精、山河の霊、鍾(あつ)まりて我が心に在り、高き天と、厚き地と、人と對して三(みつ)となる。
人無くして夫れなんの天ぞ、人無くして夫れ何の地ぞ。

中略

見よ、雲に色あり、花に香あり、聞け、風に音あり、鳥に聲あり。
この中に生を託したる、我人にこの心あり。

後略

こうした文章が六節まで続くのだが、今はこれをカバンに忍ばせ、時間ある時に唱えることにしていると妙にに心が落ち着くのである。

4月17日 超我の精神

昨日は版画組合のオークション。

年に2回ビジター画廊を招いての大きな会である。

組合系のオークションは公開オークションの影響で、出来高は以前に比べ厳しくなっているが、 反面そうした場での情報交換や業者の連帯感というのは公開オークションでは叶わないことである。

しかしながら、そうした業界人としての結びつきを面倒がる人や敷居が高いと敬遠する人も多く、組合員数は伸び悩んでいる。

これは私が入っているロータリークラブでもそうで、私が入った当時は150名の会員がいたが、今では半数以下になってしまった。

私がこういうところに入っているのも、個人ではできないことが、価値観を共有した人の集まりに入ったからこそ達成可能なのだと思っているからである。

ある程度の年齢になると、自分のためではなく、業界のため、社会のために何かできないかと考えるようになる。

言ってみれば、超我の精神である。

自分を育ててくれた業界や社会に恩返しをしたいと思うようになる。

先日も高校のクラス会や、大学の卒業50年の集まりがあったが、そこで感じたのはこの学校に入って本当によかったと思うことである。

肩を組み校歌を歌い、昔話に花を咲かせることで、私が育った青春を悔い無く過ごせたことに感謝をするのである。

校歌というのは、テレビでラマルセイユに由来すると言っていたが、フランス革命の達成感とは少し違うが、確かに母校への愛着心を掻き立てられる。

校歌を高らかに歌い上げることで、一緒に学んだ友人たちとの絆を今一度思い起こさせてくれる。

娘の高校で、卒業式に国歌斉唱の時に起立していた教師の何人かが着席をしてしまったのをみて愕然とした。

母校愛同様に日本人であることの誇りを植え付けなくてはいけない教師が、そうした行動をとることに怒りさえ覚えた。

それぞれに思想や心情はあるだろうが、それを教育の場に持ち込み、戦前教育の歪みをそうした行動で示すことに、この人たちは自分のことだけを考え、 生徒や学校のことに深い思いを至していないのだと思わざるを得なかった。

超我の精神を今一度思い出してもらいたいものである。

4月14日 クラス会

毎年恒例の高校のクラス会が開かれた。

担任のH先生も出席予定だったが、高齢とあって今回は出席を見合わせた。

御歳93歳でまだまだお元気なのだが、遠くに出かけるのは難しくなってきたようだ。

先生はアマチュアの碁の世界では超有名な方で、日本選手権を何度も制していて、驚くのは80歳を超えてからも日本一の偉業に輝き、日本代表で世界選手権にも出場している。

スポーツの世界もそうだが、将棋や碁も若手が台頭し、トップクラスには10代20代がひしめいている中でこの歳で第一線で活躍しているのは驚くばかりである。

その碁も競技は今年から退くことにしたそうで、後はお弟子さんたちに碁の指導をしていくそうだ。

それにひきかえである。

クラス会が終わりに近づく頃に一人がろれつが回らなくなり、よだれ、鼻水を垂れ流していて、 もしや脳梗塞ではと心配したが、救急車は嫌だというので、仕方がないのでタクシーに押し込んで家に帰らせることにした。
そこにもう一人酔っ払ったわけでもないのに、歩くのがままならないのが出てきて、、これも担いで駅まで行き、なんとか電車に乗せることができた。

他にも膝に人工関節を入れたのがいたり、前立腺だ、肺気腫だと病人ばかりである。

40数名のクラスですでに10名が亡くなっていることもあって、その予備軍がまだまだいるのが心配である。

来年は養護施設でクラス会をやらなくてはいけないかも。

元気なのは先生だけだ。

4月13日 アートフェア

今日はようやく春らしい陽気になった。

展覧会も初日ということもあり、昼からはたくさんの人がやってくる。

以前にアートフェア東京で購入してくださった方が塩澤作品を購入された。

先のホテルアートフェアや朝日新聞のチャリティーもそうだったが、全て私どもにお見えになっているお客様が購入してくださっていて、 そうしたイベント会場での新しい出会いが後につながることが少ないといつも思っていた。

ただ、私どものお客様でもそうした場での高揚感というか、画廊では買わない作品をお客様がその場の雰囲気で買われる効果はあるかもしれないが、 日本のフェアに長年出てきた経験でいうと、新たな出会いがあっても後につながるケースはまずなかった。

海外だと、特に台湾の客様はフットワークがいいのか、フェアで買っていただいたお客様の多くが画廊に訪ねてきて、新たに作品を購入していただくケースも多い。

それだけに今回のお客様が再び訪れて買っていただいたのは、ことの外嬉しい。

よく考えると、フェアで出会うお客様はそういう場は行きやすいが、画廊には行きづらいということなのだろう。

その辺が私どもの課題で、もっと気楽に画廊に来てもらう算段をしなくてはいけない。
そうすればフェアに出るメリットも増えるのだろうが。

難しいところである。

4月12日A 服部知佳個展

同じく服部知佳展も始まる。

黒と白の微妙な色彩が織りなすファンタジックな世界。
加えて、春爛漫を思わせるピンクの艶やかな色の乱舞。

どの作品も透き通るように美しい。
薄く塗り重ね、薄く拭き落とす、その重なりでかくも美しい色彩が生まれる。

私的には曽谷朝絵、伊庭靖子、掘込幸枝に加え、服部知佳が現在の作家たちの中でひときわ抜きん出た色彩表現者だと思っている。



4月12日 塩澤宏信展

明日より塩澤宏信個展がGT2にて始まる。

微細な部分まで一つ一つ焼き上げ、それらを組み合わせて作り上げていく。
出来上がった造形は恐竜やや昆虫、それに組み込まれるのが旧式のオートバイや自動車、双発式飛行機と全てが子供達がワクワクするものばかりである。

作者のコメントがあるので紹介させていただく。

妄想内燃機工匠/巨視的試作研究室 コメント

無機物である「内燃機関」と有機物である「生物」という、かけ離れた佇まいの存在を、一つの装置として具現化する。
そのような妄想に取り憑かれた試みが「妄想内燃機工匠」である。
無機物と有機物という相反する要素を、有り得ない存在に複合する為には、それぞれの仕組みや形態をよく見なければならない。
「よく見る」とは、細部を見落とさず、また細部に囚われて全体を見失わない程度に巨視的に見ることである。 そして無機物と有機物そしてそれぞれがそこに存在するゆえの普遍性を見いだす為の作業である。
作ることは、そこから導き出されたかたちを探る行為である。




4月11日 消費税

明日は高校の仲間とのゴルフコンペが河口湖で予定されていたが、10日の季節外れの雪でゴルフ場がクローズとなり、やむなく中止。

ゴルフ仲間からは雨男で知られているが、まさか4月の桜も散り始めたこの時期に雪とはと、友人たちはあきれ果てていた。

日記も日常のことを書くことが多くなり、アートに関連した話題がないのは、やはり暇な証拠である。

そこでちょっと硬くなるが、10月から実施される消費税について触れてみたい。

美術品も例外とはならず10%が課税されることになる。
新聞や飲料食品のような軽減税率も適用されない。

フランスでは美術品に対し軽減税率が適用されているが、日本ではそうもいかないようだ。
消費税というからには、対象は消費されるものではなくてはならない。
では美術品が消費される消耗品かというとそうではない。
耐久消費財という長期にわたり使われ購入価格が高いものの分類にも入らない。

消費されない美術品に消費税をかけるには実際矛盾が生じる。
土地の譲渡や貸付には消費税はかからない。
それは土地が消耗しないからである。

では何故美術品が消費税対象になるかというと、国税が美術品を消耗品と見ているからである。
それならば、耐久消費財のように美術品も償却対象とならなくてはいけない。

小はパソコンから大は自動車、船舶などがあげられる。
よく金持ちが自家用ジェット機を持つが、それは償却が5年となっていて、大きな利益が出るときに節税になるからで、ただの見栄で買うわけではない。

というわけで、4年前に美術品も100万円までは8年で償却できる消費財とみなされ、法人では経費として計上できることになった。

以前は20万円までは経費とみなされたが、それでも美術年鑑に載っている作家はダメとか、わけがわからない決まりがあったことを考えると一歩前進したとは言える。

であっても、普通で考えれば100万円までの美術品は消費税をかけられるのは仕方がないが、それ以上は償却できないのだから、土地と同様に消費税の対象にならないというのが理屈ではないだろうか。

見方を変えてみる。
美術品の多くは年月を経ると購入価格より高くなることは少ない。
多くは価格からすれば目減りして行くことになる。
であれば、美術品も消耗していることになり、100万円なんてケチなことを言わず、上限なしでジェット機などと一緒に償却できるものとして経費扱いにすべきである。
そうであれば消費税がかかっても文句は言わないのだが。

耐久消費財なのか、消耗品なのか、土地のように永遠に消耗しないものなのか、この矛盾を税務当局がどう説明するのか聞いてみたいものである。

4月10日 眼医者

眼医者に行ってきた。
記憶では人生3回目の眼医者である。

今年に入ってから朝、外に出ると涙が止まらなくなり、昨夜は朝から晩まで涙と鼻水に悩まされた。
いよいよ花粉症デビューかと心配になり診てもらうことにした。

結果は花粉症ではなく炎症を起こしているとのことで一安心。
ただ歳なりに白内障が進んでいて、しばらく経過を見てさらに進むようなら手術をしたほうがいいと言われた。

耳もだんだん遠くなり、目も霞み、泌尿器科に行ったりと、じわじわと老人化が進んでいて、いよいよ脳の心配もしなくてはならなくなった。

4月9日 忘れ物

日曜日の全美連の会議での書類をどこかにおき忘れてきた。
全く気がつかなくて昨日の朝出かける時に気がついた。

画廊からメールが入り、拾ってくれた方がわざわざ調べて画廊の留守電にメッセージを入れてくれたそうだ。

自宅のある駅で拾ったが、急いでいたので隣の駅に届けてあるとのこと。
朝から出かける予定があり、改めて取りに行くことにしたが、送らなくてはいけない書類も入っていて一安心。

名前も連絡先もおっしゃらなかったそうでお礼も言えないが、わざわざ電話番号を調べて連絡をくださったようで、この日記を借りて御礼を申し上げる。

忘れ物は日常茶飯事で、携帯は首からぶら下げるように家内に言われている。

その携帯で大学のクラスメートが先日の二次会の最中にどこかに忘れたことに気付いた。
入学式後の懇親会会場、領収書でわかったタクシーに私の携帯から電話して探してもらったが見つからない。

ボケが進んだとか散々からかって、いざ帰る段になり駅の改札口で私も携帯がないのに気がついた。
どうやら宴席に忘れてきたようだ。
とてもみんなには言えないので、電話をするので先に帰ってと言って、大慌てで戻ると、テーブルの上にあるではないか。

こんな具合で、6月に予定している検査に脳検査もオプションで付け加えることにした。

4月8日

日曜日は逗子のお寺で昨日の日記で書いたようにお墓参り。

暖かくこちらではちょうど桜が満開。
毎年恒例の墓参りなのだが、こんなに桜が綺麗なのも初めて。
亡くなったA君も花見を楽しんでくれているだろうか。
みんなで昼食を終えてから旅行組は箱根へ。

私は全国美術商連合会の理事会が夕方からあるので新橋の美術倶楽部に向かう。
汐留のパナソニックミュージアムでちょうどギュスターヴ・モロー展が始まっているので、会議の前に見に行くことにした。

私は古典の宗教画や神話をテーマにした作品はあまり好きではないが、モローの代表作も来ているということで行ってみたが、やはり私の好みではなく、さっと見て出てきた。

全美連の会議は相変わらず美術品への税制改革への提言を進めるという話だったが、私は一度韓国や台湾での文化行政の視察に政治家やお役人を連れて行ったらどうだろうかという話をさせてもらった。

日本のあまりに貧困な文化行政のあり方を知ってもらうには、文化を産業と捉えるアジア諸国の現状を実際に見聞きすることで多少はお偉いさんたちの意識が変わってくるのではと思っているのだが。

さて、重い腰を上げてくれるだろうか。


4月7日

河原展終了。

今回の個展では新しいお客様といくつかのご縁があった。

その中できのう個展に合わせて、成田から直行してくださったお客様がいた。

若いお客様で、なんとキプロスから着いたばかりで、キプロスでファンドの会社を経営しているそうだ。
キプロス共和国は以前はタックスヘイブンの国で、ここを拠点に主にロシアを相手に企業活動をされているとのこと。

キプロス共和国が地中海に位置することは知っていたが、どのあたりにあるかは定かでなく、どんな国なのかも知る由もなく、ネットで調べてみた。

ギリシャとトルコに挟まれたエイのような形をした四国を小さくしたような島である。

こんなところで起業をした日本人がいたとは驚きであった。

キプロスはギリシャ系のキプロス共和国とトルコ系の北キプロス共和国に分かれその帰属を巡って紛争が続いている。
キプロス共和国はEUに加盟しているが、ギリシャの金融危機に連動し、金融破綻を招いたことがある。
小国にもかかわらず、高金利と低税率を実施することでロシアなど海外から多くの資金が集まることとなり、キプロスの金融機関が巨大になりすぎてしまった。

一方ギリシャ系住民が多数を占めることから、ギリシャ危機に連動することになり、EUに支援を求め、EUは支援を実施するとともに、 ペイオフにより預金者に預金カットの多大な負担をさせることで金融危機は回避された。
これによりキプロスの金融立国は終焉を迎えることになった。

そうしたことがあっても、お客様がそこで企業活動をするにはそれなりのメリットがあるのだろう。

お客様は以前から河原朝生の画集を持っていて、その作品に癒され、いずれは作品を持ちたいと思っていたそうで、今回の個展にギリギリ間に合い、念願が叶うこととなった。

是非会社がさらなる発展をして、河原コレクションの充実を図っていただけるとありがたいのだが。

4月5日 桜

桜も盛りを過ぎたようだが、束の間の美しさを目にとどめようと、駒場公園、千鳥ヶ淵に続き、今朝は代々木公園に行ってきた。

「散る桜残る桜も散る桜」、良寛さんが桜の儚さ、限られた命を歌った句だが、この歳になると、春を迎える一瞬がとても愛おしくなる。
後回しはやめようとその一刻一刻を目に焼き付け悔いがないように生きたいと思っている。

明日の日曜日は大学のヨット部のキャプテンで50歳で亡くなったA君のお墓に仲間と行ってくる。
毎年桜の季節に墓参りをし、その後仲間たちと一泊の旅行が恒例となっている。

同じ50の時に高校の親友、大学の親友を失った。
3人ともまだまだやりたいこと見たいことがたくさんあったと思う。
パッと咲きパッと散ってしまった三人のこと思うと無念でたまらない。

やりたい事、見たいことを後回しにしない、その時に思ったことである。



4月4日 コレクション

昨日は1月に亡くなられたT氏のお宅へお悔やみに伺った。

生前お世話になり、作品も多くコレクションしていただいた作家の鈴木亘彦と浅井飛人と共にお線香をあげさせていただいた。

お宅には生前と変わらぬコレクションの数々がそのまま展示されている。
同行した二人の作品も展示されていた。

3階建の広いお宅に立体を中心としたコレクションが飾られ、まるで美術館のようである。

特に多いのは小林健二、若林奮、加納光於の作品で、3人の代表作はほとんどT氏が持っている。

コレクションはかくあるべきという見本のようで、それに付随して私どもの作家をはじめとして多くの作品を収集された。

昨年末に亡くなられた寺田氏も難波田龍起・史男親子のコレクションを中心に若手作家を多くコレクションされた。

こうした特徴のあるコレクションだと美術館にとっては喉から手が出たくなるほどのコレクションである。

同じコレクションでも特徴がないと、コレクターの方が亡くなるとコレクションの行き場がなくなったり、市場で売却も難しくなる。

特定の作家だけではなく、今まで売却を依頼されたコレクションでも幻想美術を網羅してあったり、70年、80年代の抽象美術となると多くのコレクターや画廊関係者が関心を持ってみえてくださる。

一月前倒しして開催する恒例のギャラリー椿オークションにも別のお二人のコレクターの方のコレクションが多数出品される。

これも特徴のあるコレクションで、多くの方の関心をひくに違いない。

その前の6月にはオブジェ展の予定があり、そこにT氏コレクションも出品されることになっている。

ご期待いただきたい。

4月3日 スリ

朝の散歩で玉川上水を幡ヶ谷の方へ向かって歩いてきた。
ここも駒場公園と同じでほとんど人がいなくて絶好のお花見スポットである。

ここしばらく花冷えが続き、桜も今週末まではなんとか持ちそうな感じがする。
夕方に神田方面に集金があり、その帰りにでも千鳥ヶ淵にでも行ってみようと思ったが、集金のお金を持って人混みの中を歩くのは流石に危ないのでやめることにした。

私どもの上の画廊の社長が香港で携帯とアイパッドをなくしたそうだが、両方とも出てきたそうで、香港も昔とはだいぶ違うようだ。

私は以前に香港で財布を盗られたことがあった。
偶々大きなお金やパスポートなどは別の財布に分けて入れておいたので、米ドルで五万円くらいの被害ですんだが、韓国の通帳とキャッシュカードが一緒に入っていた。
そこには韓国で集金した大きなお金が入っていて慌てた。

警察に行くと香港では多分出てこないだろうと言われ、その後に韓国語のメモが入った財布が見つかったと言ってくれたが、それは違う財布でお金やカードは全て抜き取られていた。

偶々運良く扱い作家で韓国の彫刻家が香港に来ていたのである。
画廊から彼に連絡を取ってもらって、彼から韓国の銀行に引き出されるのを防ぐように頼んでくれてことなきを得た。

香港のスリが韓国まで行くことはないだろうが、仲間が韓国にいる可能性もあるのではと、その時はかなりパニックになったが、まぁ運が良かった。

海外での失敗は数え切れないが、 実害があったのはこのときくらいで、忘れ物や落し物も今の所戻ってきていてまずは安心なのだが、寄る年波油断は禁物である。

4月1日 入学式

今日は母校の大学の入学式。
卒業50年を迎えた私たちは恒例により入学式に招待されることになっていて、クラスメートとともに参加した。
新入生6000名余、卒業生1700名、他に大学関係者、父兄が参加しての盛大な入学式であった。

今日この日の入学生は、平成生まれで平成最後の学生ということになるわけで、令和の新しい時代を担い、新しい時代を築いていくことになる。
希望を持って大学で勉学に励み、クラブ活動を楽しんでいただきたい。

私達の時代は70年安保の真っ最中で、卒業式も危ぶまれ、バリケードや立て看板のある騒然とした中での卒業式であった。
それだけに令和の年にふさわしい穏やかで清新な中での式はひときわ感慨深いものがあった。

久しぶりに校歌を合唱し、応援歌を肩を組んで歌った時は胸にグッと迫るものがあった。
叶うのであれば今一度あの時に戻れたらとそんな思いに浸った。

二次会はクラスメートの一人が旭日双光章を受章したこともあって、そのお祝いを兼ねての会となった。
もう次はないと思うが、仲間達とできうれば25年後の入学式にまた参加しようということで散会となった。



3月31日 「まんぷく」

NHKの朝の連続ドラマ「まんぷく」が昨日最終回を迎えた。

朝ドラを続けて見たのは初めてのことだったがすっかり「まんぷく」にはまってしまった。

ちょうど秋に台湾のフェアーに行ってる頃にホテルのテレビで見たのがきっかけだった。
海外ではNHKしかやってないので、必然的にテレビをつけるとNHKを見ることになる。

やはり同じように日曜夜の大河ドラマ「せごどん」も昨年暮れまでは見るようになった。
朝ドラ同様に大河ドラも一度も見ることはなかった私なのだが。

私の入っているロータリークラブに島津斉彬の孫にあたる方と会津の松平容保の孫にあたる方が入っていたのと、去年一昨年と鹿児島の島津邸があった仙巌園を訪ねたことで、 島津家や西郷隆盛に興味を持ち、途中から見ることになった。

今でも福島の人達は鹿児島や山口の人と戊辰戦争での怨讐が拭えずにいると聞くが、うちのクラブでの島津さんと松平さんはなんのわだかまりなくおつき合いしていた。

一度ロータリーの旅行で戊辰戦争最後の戦いで会津藩士が玉砕した母成峠を訪ねたことがあった。

そこには松平さん揮毫の戦死者を悼む石碑があり、同じく会員であった医者にしてエッセイストの斎藤茂太さんの提案でお二人を石碑の前に立たせ握手をしている写真を撮ることになった。
そして茂太さんが大きな声で「これにて永年の恩讐は解消」と言われてみんなで大笑いしたことがあった。

そんなこともあり、幕末から明治の時代を駆け抜けた西郷の一生を描いた「せごどん」は興味深く見せてもらった。

これで少しはNHKの受信料の元は取れたかもしれない。
しばらくは「せごどん」ロスになったが、この4月からは「まんぷく」ロスになりそう。

3月30日 印象記

紋谷幹男様の展覧会印象記を紹介させていただく。

いつも奥深い視点で作品を眺め、巧みな表現で展覧会の印象を送ってくださる。
作家にとっても励みになり、次の飛躍につながる。

河原朝生展

暗褐色で水平面や、床壁天井などで、
場が作られ、物が置かれています。
場とものの関係などがスケールアウトしていて、
あるいは場、ものそのものが非現実的で、
特定の事象の正確な再現が
目指されていないことがわかります。

しかし、それらは自然に発生した状況ではなく、
特定の意思によって起こされています。

ある出来事が進行中というより、
予想の付かない何かがまさに起ころうとしている、
そのような困惑に近い予感があります。

「美しい」とか「なごむ」などの感想では語れない、
不思議の森を彷徨うような、
神秘を伴うわくわく感は、
このように複雑な事情を秘めた単純さに宿る。
そんな印象でした。

−ブログはこちらより−
 画廊めぐりノート


いつもありがとう御座います。



3月29日 弓の会

日本テレビアナウンサーの井田由美さんを囲んで毎年2回は開かれる食事会で、由美さんの名前にちなんで「弓の会」としている。

今はなくなったが、日テレの美術番組「美の世界」のキャスターを最後まで担当した井田さんにもう一度会いたいという作家さんたち有志が10人ほど集まるのだが、 私は以前に画廊での撮影があった関係もあって一人作家でもないのに声がかかって参加している。

もう皆さんベテラン作家さんばかりで、中の一人は昨年芸術院会員になった作家さんもいたり、大学で定年を迎えた人もいる。

井田さん自身も2年前に定年を迎えたが、現在も毎週日曜日の朝に放映される「皇室日記」を担当している。
他にラジオで朗読番組「私の図書館」で朗読を担当している。

民放女子アナで定年まで肩書きは部長であったが、現役で定年まで勤め上げたのは彼女が初めてだそうだ。

今回は特別に食事を終えて我々の前で朗読をしてくれることになった。
高村光太郎と宮沢賢治の一編を心に染み入るような語り口で語ってくれたが、目の前に情景が浮かび上がるようであった。

さすがプロフェッショナルである。

今回はみなさんで色紙に寄せ書きをすることになり、作家さんばかりの中に図々しくも私も絵を描かせてもらったが、これでこの色紙も将来値段がつくことはなくなるだろう。

花冷えの寒い午後だったが、皆さんの井田さんへの熱い想いに、出されたうどんすきと相俟って、部屋は熱気に包まれた。

次回も一人もかける事なく集まりたいものである。


3月27日 立体アート展

松屋銀座での展示が終了した。

結果はまあまあといったところだろうか。
チャリティー展の作品と立体展に出品した作品の傾向がだいぶ違っていて不安もあり、それほどの成果は望んでいなかったのだが、予想外といったところだろうか。

6月に私どもでもオブジェ展を企画していて、そこでさらに充実した立体作品を展示できたらと思っている。

今回発表した13名の作家以外にも、私どもで他に立体で発表している作家を合わせると25名に及び、扱い作家の半数にもなる。

うちは最初に扱った望月通陽、小林健二が立体を造っていたこともあり、他に比べると早くから立体を扱ってはいたのだが、これほど多くの作家の立体作品を扱うとは思ってもみなかった。

昔は立体というとブロンズとか石彫が多く、重たくて幅も取り外に置く以外は置き場所がないことから、個人のコレクターが買われることは少なかったのだが。

それが樹脂や粘土、陶や木といった素材を使うようになってからは、小立体を飾る方が多くなり、今やうちでも立体作品を発表する作家に人気が集まり、中には行列や抽選という作家たちが増えてきた。

3月26日 検査

昨年の夏の人間ドックで引っかかり、検査が続いている泌尿器科へ。

内視鏡検査や細胞検査で膀胱ガンや前立腺の心配はなくなったのだが、排尿の勢い検査というのにひっかっている。

尾籠な話で恐縮だが、勢いに欠けるそうで、私のゴルフの同様に以前のような飛距離と勢いが出ない。

夜中にトイレに起きることもなく、排尿障害も全くないのだが、どうしてだろう。

大体こういう場合は加齢で片付けられてしまうのだが。

50日分の薬を毎日飲んで、今日久しぶりの検査の日である。

水分をたくさんとって出来るだけ我慢して、万全の体制で検査に臨んだ。

果たして結果は。
だいぶ改善されているそうで一安心。
ただこれで終わったわけではなく、また50日分の薬を飲んでもう一度検査を受けることになった。

やれやれ。

3月25日 防衛省

今日はロータリークラブの企画で市ヶ谷の防衛省を訪問。
滅多に行けるところでもないのと、ちょうど外濠の桜も観られることもあって参加することに。

行ってみると昨日の駒場公園とは違って、外濠の桜はまだ咲いていなかったが、クラブの面々は私同様に防衛省見学には関心があるようで、いつも以上に多くの会員が参加をした。

明治初めにここに陸軍士官学校が作られ、太平洋戦争直前には陸軍大本営本部が置かれていた。
戦後連合軍に接収され、返還されて防衛庁となり現在に至る。

先ずは航空自衛隊の幹部の方の案内で、今までに殉職した自衛官の慰霊碑に向かい用意した花を捧げ、いくつかの記念碑を見学してから記念講堂に向かう。

以前の建物は全て解体され、新しい庁舎に生まれ変わったが、講堂は以前の資材を残して造られていて、当時の面影を残している。

この講堂で東京裁判が行われ、三島由紀夫と楯の会が2階にある総監室に乱入占拠し、総監を拘束した上でバルコニーに立ち、 集まった自衛官を前にクーデターを呼びかけた後、部屋に戻り割腹自殺に及んだのである。
入り口の扉には乱入した際にできた刀傷が残っていた。

見学を終えた後、自衛官幹部より自衛官の定年後の雇用について、その就職援護システムについてのお話を伺う。

この後は防衛省の共済組合が運営する立派なホテルで立食のパーティーが催され、見学に来られなかった会員も参加して大いに盛り上がる会となった。

写真はほとんどの場所で撮影可だったが、SNSによる拡散は禁止ということで掲載ができないが、ここでしか買えないお土産を買ったのでそれを紹介させていただく。


3月24日 花見

春の暖かな陽気に誘われて近所にある駒場公園に桜を観に行ってきた。

満開とはいかなかったが、旧前田家本邸の洋館をバックに桜が映えて美しい。

平成28年から30年にかけての保存修復工事を終えて、久しぶりに英国風の重厚な洋館を目にすることができた。

建物の中には自由に入ることができるので、中にあるカフェで桜を眺めながら本でも読もうと思っていたが、修復を終えて残念なことにカフェがなくなっていた。

仕方なく、駒場公園のすぐそばにある東京大学の駒場キャンパスに花見のはしごと洒落たが、こちらはまだ多くが1、2分咲きで、枝垂れ桜だけが美しい花を咲かせていた。

滅多にハンバーガーを食べることはないのだが、大学の近くにあるフレッシュネスバーガーお昼を食べに行く。
小さなお店だが、ここがフレッシュネスバーガーの最初のお店で、友人の娘さんがオープン当時アルバイトをしていたのを思い出した。

店内も当時そのままで、こんな小さな店から都心にいくつもの店ができたと思うと感慨深いものがある。

食事を終えて歩いていると、知人で作品も購入してくださっている骨董商のHさん夫妻に偶然出会う。
一年の殆どをロンドンで過ごしているが、先週日本に帰って来て私と電話で話したばかりだったが、こんな場所ですれ違うとは何とも不思議なことである。

近くにある駒場民藝館を観てから同じように駒場公園の桜を見に行っての帰りだったそうだ。

30年ぶりに行ったフレッシュネスバーガーも滅多にないことなのに、その帰り道に、それも人があまり行き交わない所でロンドンから帰国したHさんに会うのも桜の引き合わせか。

来週末は駒場の桜も散っているだろう。

儚いがそれが桜の所以で、その潔さに日本人はより美しさを感じるのかもしれない。

毎年のことだが、束の間の桜の美しさに心が癒される。

3月23日

河原朝生展が今日から始まる。

静謐な画面の中にどこかミステリアスな雰囲気を醸し出す河原独自の世界が展開される。

今回はダークな色調の作品が多く、闇に潜む心霊的な面を描こうとしているのだろうか。

河原は私より少し下で今年で古希を迎えるが、風貌を見る限りとてもそんな年に見えず、いつまでもダンディで飄々とした味わいのある人物で、 男ならこんな風に年を取りたいと思わせる魅力的な作家である。

若い女性ファンが多いのもわかるような気がする。





3月22日

台湾から帰ってみるとすっかり春の陽気になっていた。

松屋銀座展で始まっている朝日チャリティー美術展に併設された立体アート展を見に行ってきた。

チャリティー展の中で著名作家が並ぶコーナーの入り口に我が作家たちの立体作品が並ぶ。

照明を落とした奥のコーナーには光を使う内林武史と川崎広平が展示されている。

購入するには全て下値が書かれていて、そこからの入札となる。

多くはアカデミックな作品で、うちの画廊に来る美術ファンとは違い、どういう風に見てくれるか一抹の不安もあるが、まずは初めての試みで、 我が作家たちを知ってもらういいきっかけになればと思っている。

隣の催事場でも可愛らしい動物家族「シルバニアファミリー展」をやっていて、春休みと相まって多くの家族連れもやってくるので、週末8階の催事フロアーが賑わうのは間違いない。




3月21日

どうやら東京に開花宣言が出たようでいよいよ春到来である。

現地時間3時35分の飛行機で帰国だが、東京は暖かくなっているだろう。

台南、台中、台北と慌ただしくスケジュールをこなしたが、なんのトラブルもなく、天候にも恵まれ快適な出張となった。

2年後をめどに開催を予定している国立美術館のでの展覧会、年内を念頭に進めることになっているホテルの展示、 12月に華山文化創園地区で開催される中村萌個展など先に向けての打ち合わせを滞りなく済ませることができた。

すぐに結果に結びつく仕事ではないが、周到に準備を進めていくことで、いい結果に結びつくことを願っている。

同行していただいたK夫妻も美術館以外は私の仕事に付き合っていただいたことは感謝に堪えない。

また行く先々での台湾の皆様の温かいおもてなしには心からお礼申しあげたい。

多謝、再見。

3月20日

今日はホテルが用意してくれた運転手さん付きのベントレーで一日市内を回ることに。
初めての高級車ベントレーに少し緊張。
昨日の迎えもトヨタアルファードのハイグレード車で、夕食といい部屋といいホテルオーナーの歓待ぶりには恐縮至極である。

まずはマンダリンホテルで待ち合わせて、日本で富田有紀子の作品を買っていただいたお客様に作品をお渡しを。
若いご夫妻だが、ポルシェの高級車で現れ、これまたこちらが買っていただいたのにお土産まで頂戴する。

同じホテルでフィギュアショーを主催するモンスター台北の社長黄さんといつも通訳をしてくれるみどりさんと合流し、飲茶の昼食を黄さんにご馳走になる。
この三日間お金を使う暇がない。

食事を終えて社長のフィギュアショップを訪問。
店内にはぎっしりとフィギュアが飾られていて、その中に中村萌のフィギュアも飾られている。
数あるフィギュアの中で中村萌のフィギュアだけは非売品だそうだ。



更に黄さんの案内で開催中のバンクシー展を見に行く。
一週間少しの短い会期のなか運良く展覧会を見ることができた。
街中でのスプレーアートの一種なのだが、そこには世相批判が込められていて、ただの落書きとは違うところである。



次に黄さんと別れ、K氏の奥様が台湾が初めてということで故宮美術館へ案内する。
夕方近い時間なのに大勢の団体客が詰めかけ、ゆっくり見ることができないし、なんせ人に疲れる。
挙句に写真の邪魔だと展示を見ていてもどかされてしまい、なんだこいつらはと多少ムッとする。
いい加減諦めてコーヒーショップでK氏夫妻を待つことにした。

最後はいつもアートフェアでは定番の夜市の鉄板焼きとマッサージへ。
今まで高級料理ばかりだったが、少しはK氏夫妻に台湾はあんな高級料理ばかりでないことを知っていただいた。
マッサージもお二人とも初体験に近いそうで、今回の台湾訪問は驚くことが多かったのではないだろうか。


また私たちが引き回したホテルの運転手さんお疲れ様でした。

明日東京に戻ります。

3月19日B ホテル展示

台中の美術館の打ち合わせを終え新幹線で台北へ戻る。

ホテルのロビーやコーヒーショップ、廊下、各部屋の展示依頼をされていて、その展示プランを持って伺うことにした。

こちらがご厄介になるのに、駅にはホテルの運転手さんが出迎えに。
ホテルに着くと玄関にはオーナーの息子さんと日本語ペラペラの役員さんが待っていてくれる。

すでに部屋の用意もされていて、入ってみるとなんとスィートルームで一人では広すぎて落ち着かない。

更には食事の用意がされていて、掲示板には椿画廊宴席と書いてあり、個室が用意されている。
そこでホテル自慢料理が振舞われた。

至れり尽くせりの歓迎にどちらがお客さんかわからなくなる。

料理も昨日同様にこれでもかと出てくるがどれもあっさりしていて残すことなく完食。

終えて、持ってきた資料を見てもらいながら、私どもの展示プランを説明させていただく。

前向きに検討するとともに、更にはコーヒーショップで使う食器やコースターのロゴなども依頼された。

社長の息子さんが弟さんが撮った昨年のアートフェアでの山本麻友香の作品写真を見て興味を持ち、買うつもりはなかったようだが、 一目見て気に入って大作を衝動買いをしてしまい、持ち帰った作品をこれまた社長が見て気に入り、それがご縁でこの話に繋がるのだから、きっかけというのは不思議なものである。

こちらも美術館の企画同様にいい結果に繋がるように願っている。


3月19日A 国立台湾美術館

会社訪問を終え、次の目的地台中の国立美術館へ。

昨年のアート台北の折にお招きしたK氏が台南の画廊さんに差し上げたK氏所蔵のニキドサンファールのカタログを見た国立美術館のキュレーターの目にとまり、 美術館でニキ展を開催したい旨の要請があり、その打ち合わせでK氏夫妻とともに台南の画廊のオーナーの運転で美術館を訪れた。

台中の市内の真ん中にある国立台湾美術館は、広大な敷地にあって、美術館自体も大きなもので、天井も高いところは10 メーター以上あり、巨大な作品が多いニキ作品には願ったりのスペースである。

早速館長さんにお目にかかり、担当の方を交えて展覧会についての打ち合わせすることになった。
予算や運送などを含め諸問題もあるが、美術館は展覧会に向けてまずは第一歩というところだろうか。



3月19日 会社訪問

今日は台湾国立美術館での企画展の打ち合わせの前に、大変お世話になっているコレクターのF氏の会社を訪ねることに。

台南から台中に向かう途中にその会社はある。

F氏の会社がどんなことをしているか知らないままに、長いお付き合いをさせていただいていたが、今回初めて知ることとなった。

以前に台湾のアートフェアのスポンサーをしていて、コーヒーをサービスしていたので、てっきりコーヒーの豆を作っていると勝手に思っていたが、 それはほんの一部で、ケミカル系の会社で農薬や防水シートの製造が主な仕事であることがわかった。

本社屋には多くの美術品が展示されていて、それはほんの一部で多くはご自宅にあるという。

うちで購入していただいた中村萌、大島康之、北村奈津子の立体作品、王建陽の写真などに混じり、 今人気の小松美羽、ロッカクアヤコ、三島清喜美代、塩田千春などなど大作を中心に展示されている。

コレクションを拝見したあと、工場も見学させていただいた。
小さな黒いプラスチックの粒から巨大な黒い防水シートが作られていく工程を見学させていただいた。
このシートは崖の土砂どめに使われたり、南極の昭和基地でも使われてているそうだ。





3月18日

今日から台湾に来ています。

台北松山空港から台北駅に向かい、そこから新幹線で台南へ。
2時間余り、台湾の田園風景を眺めながら快適な旅。

台南ではお世話になっているダーフォンギャラリーのオーナー陳さんが出迎えに。 今回は私の仕事もあるが、メーンは陳さんの骨折りもあって、六本木の国立新美術館、韓国の芸術の殿堂で開催されたニキドサンファール展を 台湾国立美術館で開催したいとの要望があり、ニキ美術館の黒岩ご夫妻とともに台中の国立美術館で打ち合わせをすることになり、ご一緒することになった。

打ち合わせは明日の予定で、まずはダーフォンギャラリーを訪ね、企画展を見た後、宿泊先のホテル内にある鉄板焼きをご馳走になる。

海鮮コースとお肉のコースが別々にあると思っていたら、両方が次々に出てくる。

なんとかデザートまで完食したが、早々のご馳走攻めでまたお腹周りが心配である。


3月16日

ロスアンゼルスのCorey Helford Galleyでの山本麻友香展の作品写真を山本ファンと思われる外国の方がFBにアップしていた。
大きな画廊の割に小さい作品を出して欲しいということだったが、写真見た感じではうまく収まったようだ。

今月末まで開催されているが、作品も概ね売れてしまったようだ。

山本の作品は先週のホテルフェアでも全て売れていて、更には出さなかった大作にも購入希望があり、何故かここに来て以前にも増して彼女の作品の購入希望者が多くなってきている。

以前は圧倒的に韓国の方の購入が多かったが、今は台湾、香港、タイ、 インドネシアなどのアジア諸国のコレクターや更にはヨーロッパや南米からの問い合わせも来たりとますますインターナショナルになってきた。

ただ、どの作家も大作の殆どが海外に行ってしまい、有り難いことなのだが不都合なことも多い。

美術館を巡回する展覧会に呉亞沙の作品の出品依頼が来ているが、作家が出したいと思っている大作も何点か香港に行っており、運送コストの予算が出ず、出品を断念せざるを得なくなった。

日本のコレクターの方にも頑張っていただきたいのだが、昨年暮れから今年にかけて、大作を購入してくださるコレクターのお二人が亡くなられ、ますます海外への比率が高くなってしまっている。

それでも嬉しいことに、版画の武田史子の作品をアメリカの版画ディーラーからまとめての注文が来た。
版画であれば、複数あるので日本のコレクターにも同じ作品を求めていただけるので、前記のような問題も起きないのだが。

来週早々も台湾出張で、コレクターや美術館、画廊の方達との打ち合わせや商談でスケジュールぎっしりである。

声をかけてくれるうちが華と贅沢言わずに海外での仕事にまずは専念することにする。


3月15日

Asahi Fusion Art Exhibition

先にもお知らせした朝日新聞厚生文化事業団主催による立体アート展が3月22日から25日まで松屋銀座8階イベントスクエアにて開催される。

この企画は第94回となる1000人の作家から寄贈された作品を特別価格で販売する朝日チャリティー美術展に併設される展覧会で、 ジオラマ31点、立体アート46点が出品され、そのうち13名がうちの作家の作品である。

出品された作品は入札販売されることになっていて、その収益が児童養護施設の子どもの進学支援、「認知症カフェ」を全国に広める取り組み、 東日本大震災復興支援事業など朝日新聞厚生文化事業団の社会福祉事業に役立てることになっている。

是非チャリティーへの協力を兼ねて、お気にいる作品を入札していただければありがたいのだが。


3月13日

FBに去年のアートフェアを振り返ってのコメントが再生されていたので改めて紹介させていただく。

今回のフェアを振り返って。

私達の仕事は出会い、縁というものが大きな要素の一つになっている。

今回のフェアの中村萌の人気は単なる浮ついたものではなく、そこに到るまでの縁、そしてその縁をチャンスと捉えて、 前に進もうというアグレッシブな思いが、こうした結果に繋がっていると思っている。

長くなるがここに到るまでの巡り合わせを書いてみる。

もう20年近く前になるだろうか。
今回のフェアの前身であるNICFに先週まで私どもで個展をしていた鈴木亘彦で参加した。

出展するにあたり、どうしたら成功するかいろいろとアイデアを考え、作品の良さもあって何と80点余の作品が売れたのである。

その時参加していた韓国の画廊がこれを見て韓国の今思うと小さなフェアだったが、そこへ招待をされることになった。

その辺の経緯は以前にも書いたが、こうして韓国へ出て行くことになった。

この画廊のオーナーは後に韓国画廊協会の会長になり、アートフェアKIAFを開催することになり、お手伝いをさせていただくことになった。

このフェアに山本麻友香で参加したことが後の彼女の韓国で人気に繋がるのである。

そうこうしているうちに韓国のオーガナイザーからニューヨークのフェアに誘われ、参加した際に台湾のフェアのプロモートに来ていた方に出会い、 こんど台湾も国際フェアを予定しているので参加と日本でのプロモートを頼まることになった。

。 こうして今度は台湾に進出することになり、紹介作家の中に中村萌が加わり、彼女の作品をコレクションする人が増えていったのである。

そのコレクターの一人がモンスター台北というフィギュアショーの主催者だったこともあり、フィギュアの制作とショーへの招待を受けることになった。

こうして彼女の人気が若い人達の裾野にまで広がり、今の更なる人気に繋がっていくのである。

フィギュアで彼女の作品に出会った方が、そこからオリジナル作品を購入するようになり、100点を目標に将来は中村萌美術館を造るという夢を抱いている方までおられる。

今回の中村萌の人気も、こうして振り返ってみると、多くの出会いの重なりとその出会いのチャンスを逃さなかったことが、今に繋がってきたのだと思っている。
出会いを大切にし、その出会いをどう活かすか、プロモート下手の私にとって、それがなにより大切にしているものである。

そして、人気とは別に常に作家を支え続けることが画廊としていちばん重要なことではないだろうか。

3月11日

あっという間に最終日となってしまった。
海外のフェアだと5日またはプレビューを入れると6日になるケースもあるが、プレビュー入れて3日は短すぎる。
とは言え、久しぶりに終わる時間9時までお客様のお相手をしていると、さすがに疲れる。
部屋が絨毯なのでまだ助かるが、それでも立ちっぱなしは足にくる。

今日は7時に終了ということで少しは楽なのだが、それから撤収で結局は夜中になるのでは。
私は持ちそうにないので、一足早く失礼させてもらう。

まあ初めての参加であったが、売り上げも来る人も予想を上回り、現金なもので来年もまた参加しようと思っている。


3月8日

いよいよ汐留パークホテルでのホテルフェアーが始まった。
このホテルはアートに特化したホテルとして知られていて、一つのフロアーは全室がアーティストによる壁画天井画で彩られていて、海外のお客様にも大変好評なようで、リピーターも多いそうだ。
またアートイベントも頻繁に行われていて、美術界ではよく知られたホテルである。

このホテルでのアートフェアも2016年に現代美術画廊だけの出展で始まったが、当初は見に来る人も少なく、私も参加を躊躇していたのだが、ご縁があって初めての参加となった。

さて初日、お客様が来てくれるだろうかの不安もあったが、予想外に大勢のお客様がお見えになる。
スタッフに任せて、一時間ほどで帰るつもりが、次々に顔見知りのコレクターや久しぶりの方にお会いし、結局は夜のレセプションパーティーまで残ることとなった。

売上も経費が出ればいいくらいに思っていたのだが、予想外の売れ行きに驚いている。

あと2日、土、日ということもあり、こうなると欲が出て、更なる売上を期待してしまう。



3月6日

汐留パークホテルでのホテルアートフェアが明後日のプレビューから始まる。

今回台湾のホテルフェアーで好評だった三木サチコの立体作品を新たに紹介させていただく。
FRPを素材に着色し、一見するとガラスや石膏のように見える独自の色彩表現を施している。

作品自体はユーモラスで飄々とした味わいのある人物像が多く、今回も3点の人物像を出品することになっている。
木彫作家の中村萌と同じスタジオをシェアしていて、そこを訪ねた折に本人に会ったことはあったが、 作品には出会っていず、スタッフが作品資料を持ってきて、初めて目にすることになったが、ひと目で虜となった。

中村萌が海外でブレークしたように、三木も海外でブレークする予感がする。


3月4日

現代美術のホテル型アートフェア「ART in PARK HOTEL TOKYO 2019」が3月8日プレビュー、9日、10日の日程で汐留パークホテルで開催される。
ギャラリー椿も今回はじめて参加することになった。
夏目麻麦、服部知佳、掘込幸枝、鈴木亘彦、山本麻友香の新作を展示することになっている。
アートフェア東京と同時開催だが、今年はそちらには出展せず、ホテルフェアの出展となった。

アートフェア東京とは違った趣だが、2726号室で皆様のお越しをお待ち致しております。



3月2日

東京都美術館で昨日から開催されている女子美の学生選抜作品展JOSHIBISION2018に卒業生特別展示で中村萌が参加している。

今注目を浴びる卒業生の小松美羽が審査員の一人として審査にあたった。

私どもで発表をしている呉亜沙、堀込幸枝や高橋舞子も女子美出身で、どちらかというとうちは多摩美出身の作家の割合が多かったのだが、女子美の卒業生の活躍も目立つようになった。

先日損保ジャパン美術館の展覧会を見に行って印象に残り日記に書かせていただいた松田麗香も確か女子美だったのでは。
他にも女子美から芸大に行った松井冬子などもいて、同じように呉も卒業後は芸大大学院に進学をしている。


3月1日

アメリカのステーキは大きいだけでかたくてまずいと言ったら、ロータリーの友人が安いのしか食べてないからと恵比寿にあるローリーズに他の友人たちも一緒に連れて行ってくれました。
ローストビーフだったけど、やわらかくて美味しかった。
アメリカのお肉見くびってごめんなさい。


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