ギャラリー日記

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6月15日

先にも紹介させていただいた井澤由花子展が始まるが、今夜は前夜祭でパトロンプロジェクトの企画によるトークとお食事交流会が催される。

作品の展示も終え、今回は大作が多く出品され、また奥行きのあるみずみずしい表現が新鮮で、今まで以上の素晴らしい展示となった。

全て水彩で描かれていて、水墨画に通じるような見事な筆力である。

テーマはThe Uterusというタイトルで、子宮という意味なのだが、これは彼女が妊娠した時に胎内のイメージが樹々に囲まれた泉のように思えたことから、このような表現に向かわせることとなった。

山本麻友香もそうだったが、子供を宿している時に子供と動物が重なるイメージから今の絵が生まれることになった。

男性にはわからない本能的なものの中にあるイメージが紡ぎ出されるのだろう。

以前からも少しづつ発表はしていたのだが、青い単色のみを細かい筆致で描きこむことで、神秘的で深遠な世界が描き出され、見るものは思わず画面の中に引き込まれそうになる。



6月14日

紋谷幹男氏の展覧会印象記にて,展覧会について書いて頂いたので紹介させて頂く。

岩渕華林展

展覧会タイトルは、ーBloomingー。

真っ黒の背景に若い女性の上半身が描かれています。
色は白〜黒の諧調に限定されています。
女性とは非現実的な関係で、
花がまとわりついています。
立体感や奥行きを示す、光や陰影の演出はない
フラットな表現ですが、
浮世絵や日本画のような明確な輪郭線はありません。

少ない要素の中で、
毛髪や、衣服の異様なまでの緻密な表現が、
全体の簡素なテイストの中で、
異次元的な存在感を示します。
そのの強固で切実な物質性と、
儚く虚ろなイメージのギャップ、混在により、
現実の裏の現実が実感される。
そんな印象でした。


佐藤温展

作品群の世界観は、相当に独特です。

使い古された、レトロな雰囲気の乗り物。

その佇まいは、 乗用車というより、工事車両の部類のようですが、
その機能、用途は不明です。

どんな仕組みなのか、車体は空中に浮いていて、
人が乗り込んでいますが、
操縦するというより、完全にくつろいでいて、
このメカが、
異様なまでに無駄に装飾されたソファーにも見えてきます。

組み合わされたパーツの関係や状況は、
不整合の集積で、
その破綻具合には、
ユーモアと懐かしさを醸し出す力があり、
それらを支える堅実な画力と合わせて、
とても不思議な魅力を放っている。
そんな印象でした。


6月6日

開催中の岩渕華林展は大好評で、秋には銀座三越、来年は上海での個展も決まったが、 新作を含め今までの作品がほとんどなくなってしまい、展覧会に作品が間に合うかどうかが心配になってきた。
前回の松川栞も台湾での個展の依頼がきていて、これも新作が一点もなくなり、 精緻な仕事だけに、個展に制作が追いつくか、うれしい悲鳴が続く。

私どもの作家達がこうして発表の場を広げていくことは、大変有難いことだが、心配事も増えてきた。

先日の台湾のオークションに出品された中村萌の作品が何と私どもの売値の8倍で落札され、 他にも山本麻友香、高木まどかが売値を超える価格で落札され、市場で評価されることは大変有難いことだが、 あまり高くなると、作家の従来からのファンではなく、投機筋の方達の手に移っていく懸念もあり、そこそこ高く、 あまり行き過ぎない価格で安定的に落札されるのが一番望ましいのだが。

この10月には台湾でのアートフェアーが控えていて、先般のアートフェアー東京のようなフィーバーをしないように対策を講じなくてはいけない。

作家達には声がかかるうちが花だからとは言っているが、今の人気に流されず、地に足をつけ、腰を据えて制作していってほしいとも思っている。

6月2日

コレクター企画というのを最近目にすることが多い。

私の知っているコレクターの方も多く、敢えて失礼を承知で書かせていただく。

画廊のオーナーというのは、自分の目、感性を持っていなくてはいけないと思っている。

企画というのはそうしたオーナーの目を通してするもので、人の目に頼っていては、その画廊の色を出すことは難しい。

そして関わった作家を最後まで見届けるのも画廊の仕事と思っている。

果たして企画をするコレクターの方達やコレクターの目に頼る画廊が、紹介した作家を最後まで見届けてくれるのだろうか。

企画や支援というのはそういう覚悟がなくてはいけないと思っている。

瀧口修造や澁澤龍彦、大岡信、巌谷國士と言った文学者達は、自らコレクションをしながら、その作家達を文章や企画でフォローして行った。

無名だった佐伯祐三を支えた山本発次郎や熊谷守一を生涯応援した木村定三、 私財を投げうち最後は禁治産者までになって青木繁を支えた梅野満男などは真のコレクターであり、パトロンと言っていいだろう。

私どもの取り扱い作家の一人井澤由花子には応援団のパトロンプロジェクトというグループが付いている。

このグループは総花的ではなく、数人の作家達を絞り込んでその作家を影から応援し、画廊の企画に協力してくれている。

更にはそういう作家達に壁画やホテルでの発表といった機会を作ってあげていて、画廊とは違ったところで作家達に発表の場を提供している。

新しい作家支援の形として、私も注目し、その相談にも乗っている。

6月16日から開催する井澤由花子展ではその前日15日にパトロンプロジェクトとタイアップした 「井澤由花子とアートトーク&お食事交流」というイベントがあり、パトロンプロジェクトのメンバーが大いに展覧会を盛り上げてくれることになっている。

詳細はこちらから。
http://www.gallery-tsubaki.net/news/2018/0518.html

皆様のご参加をお待ちしております。


5月30日

日曜日にオペラシティアートギャラリーで開催中の五木田智央展を見てきた。
その圧倒的な表現力には度肝を抜かれた。
アクリル絵具で一気呵成に描くのだろう。
海外の最前線での活躍に納得。



5月28日

GT2でも佐藤温展が始まった。

未来都市とその廃墟をテーマに発表してきたが、今回は未来の空想の乗り物が多く登場する。

イラスト的な表現だったのが、今回は背景にマチエールが出てきて、よりアートに近い表現にもなっている。

佐藤自身の発想によるものだが、おそらく子供の時に見た漫画や映画に影響されていると思われる。

ただ、彼の住んでいるところは自然に囲まれた岐阜の山の中にあり、描かれているような未来都市や乗り物とは全く無縁の所であるのが面白い。

美術大学で学んだわけでもなく、師がいるわけでもなく、独学で絵画を描くようになり、偶々これも岐阜ではなく、 知り合いの逗子のお寿司屋さんに彼の絵が飾ってあるのを見た日本画の某美大教授が、日本橋高島屋に紹介をしたのがデビューのきっかけとなった。

偶然のきっかけというのは不思議なものである。

その後、高島屋の担当者から是非私のところでも展覧会を企画してもらえないかと頼まれ、 彼の発想の面白さにうちでも展覧会をすることになり現在に至っている。

海外からも引き合いが来ていて、今後のますますの活躍が期待される。


5月26日

今日から岩渕華林の個展が始まった。

タイトルをbloomingとして、女性に花を纏わせる作品が多く出品されている。

今までのあどけない少女から、花を絡めることで、どこか妖艶な雰囲気が醸し出されている。

こうした表現も出版社からの依頼の装丁画によるところも大きい。

新潮社発刊の千早茜「あとかた」の装丁画がきっかけとなり、多くの装丁に携わることになった。

こうした依頼の小説の内容に合わせることで、新たな表現が抽出されて来るのだろう。

今回の花も、角川書店から発刊された長野まゆみの「さくら、うるわし」の装丁画がきっかけになったのかもしれない。

昨年は日本テレビの人気ドラマ「過保護のカホコ」の主人公である美大生が描く絵が、実は彼女が描いたもので、毎週番組の中で大きく映し出されていた。

今回展示できればと思っていたが、残念ながら出演者の手に渡ってしまったそうだ。

こうして、彼女の作品が画廊以外で目に触れる機会も増えている。

出品作とともに装丁本もいくつか紹介させていただく。




5月24日

いつものように紋谷幹男氏の展覧会印象記を紹介させていただく。

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佐藤未希展

展覧会タイトルは、ー開ける声ー。

聞ける声。聞こえない声。
見える表情。見えない表情・・・。
気になるタイトルです。

それにしても不思議な人物画です。
顔だけを大きく描いていますが、
幾重にもずらして重ね合わせ、
皮膚の下を連想させるような描き込みで、
レントゲン写真のような効果を生んでいます。

日常では隠しこまれた、生々しいまでの生気が、
何かの拍子で表れてしまったようです。
生気の源泉は本能や欲望などで、
物質としての肉体とは別次元を連想しがちですが、
血の通う肉体が前提であるという、
あからさまな現実がここにはあります。

顔のつくりという現象的なものではなく、
いわば質量、密度とも言うべきものが描かれている。
そんな印象でした。


5月23日

アートとは関係ないが、息子が大学のラグビー部の監督をしていて、他人事とは思えず、成り行きを見守っていて、 いても立ってもいられず、一言書かせていただく。

あの学生の潔よさに加害者であっても許してやろうという気持ちにさせられた。
多分多くの人がそう思ったに違いない。

あれだけメディアの前でキチンと対応できたのだから、きっと立ち直れるし、こういう人材を企業はほっては置かないはずである。

それにしても指導者が悪すぎる。
気持ちを鼓舞するために気合いを入れるならわかるが、あそこまで学生を追い込んで気持ちを高めようとするのは指導者としては失格。

多分ラグビーでも死ぬ気でタックルしろとか相手を潰すつもりでとは言うと思うが、ルールを逸脱してまでそういうことはさせないだろう。

息子は昨年一年ニュージーランドの名門カンタベリー大学でコーチ学を学び、世界一のオールブラックスとも交流をして来た。
その指導者たちは絶対怒らないそうで、いいところを褒めて、自信をつけさせ、潜在能力を引き出すのだそうだ。

根性根性で選手を追い込めば、力を発揮するどころか萎縮するばかりである。
前は楽しかったが、厳しい環境で楽しくなくなったとも言っていて、スポーツを楽しむ環境をなぜ彼らは作ってやらなかったのだろう。

勝ち負けも大事だが、スポーツを通して将来の糧になることも教えなくてはいけない。

私も高校、大学とヨット部に身をおいたが、いまでもその7年間は何にも変えがたい素晴らしい経験をさせてもらったと思っていて、 50年を過ぎても同時代を過ごした部員仲間との絆は深い。

次に指導者、大学側の対応である。
負傷した選手や相手の指導者に試合後すぐに謝罪していれば、ことはそんなに大きくならなかったのでは。

日大には危機管理学部もあるそうだが、指導者や大学当局がまずここで学ばなくてはと思うほど、対応の悪さが際立つ。

すぐに謝るのは当然だが、それとは別に20歳の若者が大勢のマスコミの前で話すのであれば、なぜ大学や部の人間が一緒にいてやらなかったのだろうか。

指導者や大学はそこまで追い込んだ学生を庇うのではなく、自分たちの立場ばかりが優先し、後手後手に回ってしまっている。

残された選手たちも可哀想だ。

彼らには何の罪もないのに、対応のまずさから廃部の危機に立たされている。

おそらく厳しい環境の中でも、楽しいと思っている選手も大勢いるだろう。

会見をした学生もそうだが、こうした選手たちに何か手を差し伸べる方法はないのだろうか。

日本一を達成した選手たちが置き去りにされるのは実に忍びない。

最後にマスコミの会見での質問にも腹が立った。

こうして意を決して会見の場に立っている青年に、誘導尋問するがごとく、指導者のせいであるという言質をとろうとする姿勢に、 お前さんたちには憐憫の情ははないのかと思ってしまった。

それでも彼は真摯に答え、指導者たちを慮り、自分の判断が悪かったという答えを繰り返す姿に胸が締め付けられた。

指導者達や大学当局がこの姿を見て、同じような思いに至っただろうか。

ここまで追い込んでしまった責任は大きい。

彼にはこの失敗を糧にし、この事態に真っ向から立ち向かう姿勢は、必ずや将来の人生の大きな力に結びつくはずであるとエールを送りたい。

挫けずにに頑張って欲しい。

5月22日

ロータリーのお役目も後一月半。

かなりの時間を割かなくてはいけなかったが、それももう少しで終わりで、指折り数える毎日である。

そんなわけで、この1年展覧会紹介以外には日記を書く時間も少なくなり、これも習慣で書かなくなると億劫になるもので、だいぶ滞ってしまった。

5月19日の読売新聞夕刊のトップにアート市場を育む「先進美術館」という見出しで、評価、売却強化へ補助金、収集家を刺激と出ていた。

政府が新制度で、市場を活性化させ、アートを成長分野の一つとして捉えて、来年度の実現を目指しているという。

リーディングミュージアムに指定された美術館や博物館は国から補助金が出て、学芸員を増やすなど体制を強化する。

そうした学芸員が所蔵美術品の価値付をし、残すべき作品を判断しながら、投資を呼び込むために市場に売却する作品を増やすという。

今までは学芸員がこうした役割を担うのは難しく、新制度は国内各地の美術品のネットワークづくり中核拠点としての役割を目指すそうだ。

国内外のコレクターの関心を高める展覧会を積極的に開催し、日本美術の国際的な価値向上も図り、 市場を活性化させ、アートを成長分野の一つとして位置づけていくと考えている。

この記事を読んで、政府がアートを成長戦略と捉えてくれたことは大変ありがたいことで、 大いに期待をしたいが、その戦略の一つが、リーディングミュージアムの学芸員が価格評価を担うということだが、 果たして学芸員がその分野を担うことが出来るのだろうか。

美術館が市場に絡むとするならば、アーティストがいてディラーがいてコレクターがいて、 そうして流通した作品の中から優れた作家を美術館が企画をし、一定の評価できたものが市場に連動するというのがまっとうな流れだと思うが、 学芸員が業者やオークション会社のように価格評価をし、市場を活性化出来るとは到底思えない。

それぞれが棲み分けをしながら、アート市場の活性化に連携をしていくというのなら分かりやすいのだが。

得てして今までは、美術館の評価と市場との価値観は連動せず、学芸員の研究対象がイコール一般コレクターの価値観とは大きなズレがあったように思う。

もし新制度において、美術館や学芸員がその役割を担うなら、名前やキャリア優先であったり、頭でっかちな企画ではなく、 将来を見据えた的確な審美眼と、それを支えていく不断の気概が肝要ではないだろうか。

それに基づいた企画や美術館コレクションであれば、コレクターにも大いなる刺激となり、リーディングミュージアムの役割を担うことが出来るのではないだろうか。

今オペラシティ―ギャラリーでやっている五木田智央展などはそういう意味では好企画のように思える。

せっかく政府が成長戦略としてアートを取り上げたのだから、水を差すつもりはサラサラないが、 アーティスト、ディーラー、コレクター、オークション会社、美術館などが一体となって、日本美術市場の活性化に取り組むべきではないかと思っている。

また、政府も公共機関だけではなく民間の意見を吸い上げたり、 補助金の対象を優れたアーティストやそうした作家を紹介するギャラリーにも広げてもらえると有り難いのだが。

韓国では、海外のアートフェアーに自国のアーティストを紹介する時には、審査の上かかる経費の半分を補助し、アート推進に努めている。

こうした支援がグローバルなアート市場での評価につながっていくことも戦略の一つだと考えてもらえないだろうか。

どちらにしてもお手並み拝見で、大いに期待をしている。

5月9日

佐藤未希展も始まった。

ベースは細密描写なのだが、流行りの無個性な写実画と違って、イメージした人物の下絵を何度も描き、それを補筆修正を繰り返しながら、これと決まったら本画に仕上げて行く。

一見不気味というより二見しても不気味なのだが、美しい顔を修正することで、醜くも怖くも見える、顔の奥に潜む魔生というものを抽出しているかのだろうか。

テクニックに溺れず、時に流されず、実像を虚像に変える表現は、見るもの心に深く突き刺さる。

4回目の個展になるが、佐藤未希ますます進化していくようだ。




5月8日

松川栞は、11p×11p×奥行き20.5pの簡素な箱の中に、遠近法を駆使した極小の世界を制作する。

中を覗くと、高いクオリティで作り込まれた細部と計算された構造で、空気感まで再現したかのような空間が広がる。

何気ない巣箱の中に、夢のような異空間が展開されていて、人気の桑原弘明の精緻に作られる小箱とはまた違った趣がある。

桑原のミクロ世界は真似しようと思っても出来るものではないと話したことがあるが、突然に松川が現われた。

桑原の存在さえ知らなかったのだから、世の中は広いものである。

友人から桑原の作品を見たらと言われて、私共にやってきたのが縁でこの初個展に繋がった。

既にテレビでも紹介され、他番組からの依頼もあり、より大きな期待が集まる。

是非のご高覧を。





4月20日

北村奈津子展を紋谷さんのブログにて紹介頂いたので転載させていただく。

画廊めぐりノート
http://monyaart.jugem.jp/

3147 ギャラリー椿(中央区京橋3-3): 北村奈津子展

ギャラリー椿(中央区京橋3-3)では、北村奈津子展。


会場風景。
展覧会タイトルは、
ーStrange of Happinessー。
※幸福の不思議?

立体作品、平面作品。
何の予備知識もなく、
美術作品として鑑賞しても充分楽しいのですが、
作品に込められた寓意を前提にすれば、
俳味、茶味がぐっと増します。

・展覧会の中核をなす白馬群は、
上にまたがるべき「王子様」の不在を表わします。
白馬だらけという状況は、
「婚活」の機会と内実のかい離を思わせます。

・長々と続く花道は、
寿がれるべき主役に
かがんで通らなければならない身体的苦痛を、
押し付けるという、
ありがちな状況です。

・あたりくじ付きのトウモロコシ。
トウモロコシには
正しい食べ方が確立できていないような気がします。

・例えばOOOを持っていたり、乗っていたりすると、
「黄金の鳥」=富の象徴を
こんな感じで不格好に抱えているように見える。

・四つ葉のクローバーを探す行為は、
言い換えれば、
「下を向いて幸せを探している。」
確かに滑稽だ。

・くす玉の中身を浴びている人は、満足げだが、
生卵なら、かなり迷惑だろう。

アートは、説明ではなく、表現ですが、
このように、
滋味の波紋、余韻が広がる説明にもなり得る。
そんな印象でした。








白馬(王子様の不在)




花道



Lucky Corn




Get a Lucky




下を向いて幸せをさがす



くす玉たまご

写真:筆者撮影

4月13日A

明日より2つの展覧会が始まります。

北村奈津子 個展

ちょっぴり皮肉っぽく、ちょっぴりユーモラスな作品を通して幸せとはなんだろうと問いかけます。

Strange of Happiness

私たちは、幸せは人それぞれだ、と知っているはずだ。
しかし、時々それを忘れて、自分の価値観を他者に押し付けてしまう。

「お金持ちの人は幸せ」
「未婚でいる人は不幸せ」…

それは真実だろうか。

私は「幸せ」を作ってみた。
作られた「幸せ」は滑稽に見えないだろうか。

幸せは少し、「おかしい」 と思う。





中村亮一 個展

戦前、戦中、戦後のアメリカの強制収容所に入れられた日系1世、2世、3世の人たちを銅板への転写や油彩によって表現し、作者がニューヨークに留学中に体験し、思考した人種差別に焦点当てた展示となっています。





4月13日@

先日弁護士からネットでの広告代金の督促状が送られてきた。
昨年のソウルのアートフェアKIAFの時にギャラリーを紹介したい旨のメールが送られてきた。
スタッフはフェアーのプロモートの一環だと思って、指定された記載事項に書き込み送ることにした。
その後何も言ってこなかったのだが、しばらくすると約30万近くの広告料金の請求が送られてきた。
その申込書の下にとても肉眼では読めないような字で、料金のことが書いてあった。
ネットで紹介はされてるが、その画像も勝手に取り込んで、ほんの申し訳程度にアップされていて、その料金も不当だったので無視をしていたのだが。
弁護士からの督促状ということもあって、こちらも弁護士を立てて対応することにした。
アートフェアーに便乗した悪質な手口なので、出展のみなさんもくれぐれも気をつけてください。

4月12日

5月9日から23日まで松川栞展が開催されるが、テレビ朝日で4月14日23時10分からの「デザインコード」にて松川が紹介されることになった。
常人には到底想像しえない、秀逸なデザインを生むデザイナーに焦点を当てた人間ドキュメンタリーの番組。
超絶技法によるスコープで人気の桑原弘明に次ぐ小筐の中に展開される極小細密な世界は驚嘆するものがあり、今回番組で紹介されることになった。
10分ほどの短い番組ですが是非ご覧いただきたい。



4月3日

ニキ・ド・サン・ファール展を4日から11日までギャラリー椿にて開催することになった。

那須のニキ美術館の館長であった増田静江氏とは新宿の椿近代画廊のときからのお付き合いで、私どもの多くの若い作家の支援をしていただいた。

その増田氏がニキの作品に出会い、全人生をニキのコレクションに傾け、ついには那須にニキ美術館を開設するまでになった。

そのニキが亡くなり、増田氏も7年後に78歳の生涯を閉じることになった。

残された美術館は惜しまれながら閉館することになったが、増田氏のコレクションは息子さん夫婦に残され、そのコレクションを中心に2015年には国立新美術館にて、国内史上最大規模の回顧展が開催されることになった。

前年のパリのグラン・パレにおける大回顧展は70万人にが訪れるという大成功を収め、そこまではいかなかったが日本での開催も大好評のうちに終了した。

その後、韓国の美術館・芸術の殿堂が開館35周年を記念して、増田コレクションによるニキ展の開催を要請され、今年6月に開催が決まった。

この間、息子さん夫妻とも懇意にさせて頂き、韓国展での開催に当たる交渉などで通訳や翻訳者を紹介するなど私共も協力をさせていただいた。

そうした経緯もあり、韓国でのニキ展の前宣伝も兼ねて、私共で急遽ニキ展を開催することとなり、版画を中心に初期の代表作「エヴァ・エブリの肖像」などを含め20数点が展示される。

恐らく国内の画廊ではこれだけの作品が揃うニキ展は初めてのことではないだろうか。

売り物となる作品や画集、グッズ類もニキ美術館の協力により多数揃えさせていただいた。

残念なのは急に決まった展覧会のため、スケジュールの調整が難しく、会期が一週間と短いことで、年度初めの多忙な時期ではあるが、万障繰り合わせてのご来廊をお待ちしている。





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